第3話


 午前6時。神父様は朝のお祈り中。

 ウチは教会の椅子でぼーっとステンドグラスを眺めてた。

 神父様が言うには、決まった時間のお祈りは日に5回あって、これを聖務日課って言うらしい。

 サキュバスのウチにそんなこと教えても無駄やのに教えてくれた。話の途中でよそ見したら聖書でどつかれた。大ダメージやの。物理的にも聖書は強かったやの。

 神への祈りなんて聞いたらウチは祓われてまうかと思いきや、そんなことはない。

 毎日こんなよくわからんこと言うてお祈りするのもあほみたい。人間は何かに縋らな生きていかれへんから、悪魔の甘言にまんまと乗っかるの。

「体が溶けないんですか?」

「ウチはそんな弱くないやの!」

「……これから朝のミサがあるので、熱心な信徒が来ますが……貴女は余計なことをせず、じっとしていてください。何かしたら聖書で殴るので」

「聖書で殴るんは主は許してくれるん?」

「後で懺悔するから良いんですよ」

 絶対に良くない! 絶っっっ対に良くないやの! この神父様、真面目そうに見えてめちゃくちゃやの。

 それでも、熱心な信徒は集まってくる。人が続々と入ってくる。思ったよりいっぱい来た。

 ウチを見て、目を真ん丸にしてるおじいちゃんがおった。

「おやまぁ、こんなに可愛らしい修道女さんいたかねぇ? もしかして、孤児院の子かい?」

「えっと、ウチは――」

 ウチがテキトーなことを言おうとしたら、すかさず神父様が横に来た。説明してくれるんならその方がええの。聖書の角でどつかれるようなことになりたくないやの。

「この子は、町で窃盗を繰り返して生活していたんですが、罪を悔い改めたいと教会に来たんです」

「そうかぁ……」

 急に窃盗犯扱いされたやの。

 ……牛乳を持って行ったんは事実やけど、それとこれとは話が別やの!

 おじいちゃんは「これからがんばってね」って涙目で言うてくれた。

 ウチはどう応えたらええの……。今まで飲んだ牛乳分働けって言われてるのに……。

 おじいちゃんの隣におったおばあちゃんも涙目になってた。ご夫婦さんなんかな。仲良しな雰囲気がするやの。微かに精の香りもするやの。きっと精力に満ちた生活をしてて健康的やの。

 そんでから、「ここの神父様は優しいし真面目だから安心だねぇ」って言うてた。

 ウチはその優しい神父様にツノを掴まれてポイッてされたんやけど……、言われへん。言うたらきっとポイッてされるし、聖書でどつかれるもん。

 朝のミサが終わる。誰もウチをサキュバスってわかってへんから、幻術が効いてるみたい。

 やっぱり、あの神父様だけがおかしい……?

「けい」

「ひゃっ!? は、はい!?」

「変な声出さないでもらえますか。朝食が済んだら孤児院に行きます」

「孤児院は神父様の管轄やの?」

「副業ですね。……サキュバスなら恋愛相談くらい乗れるでしょう? 子供達の話し相手になってやってください」

「ウチは恋愛相談のエキスパートではないやの」

「なんだ、誰彼かまわず股を開くだけか」

「その言い方は嫌やの!」

「わかりました。では、性技やらエロトークやらで盛り上がってください」

「神父様!? あなた、そんなこと言うて良い立場やの!?」

「三大欲求は抑えずに、ありのまま生きたほうが良いと思います。もちろん性交渉は合意でに限りますが」

「ウチは、神父様のせーえきならいつでも貰いますやの」

「貴女にエサを与えることはありません」

「きゃんっ!」

 けっきょく、聖書の角でどつかれたやの。ひどいやの。

 神父様は2階に戻っていったから、ウチは背中をぽてぽて追いかける。ついていかなろくなことにならへんと思ったから。

 お腹がぐぅぐぅ鳴ってる。ウチにも朝ごはんあるんかな?

 お部屋に入る。テーブルには、パンとスープとサラダが並んでた。どう見てもひとりぶん。その向かい側の席に牛乳瓶が一本。

「サキュバスって何食べるんですか? とりあえず牛乳だけで良いですね」

 疑問形やなくて断定やの。絶対にそうだっていう意志のこもった声やったやの。

 ウチも、パン食べたいやの……。

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