支えるものと支えてくれるもの
「仕事の関係ってわかってるけどさ……なんなんだ!?」
「まあまあ。ミンツ先輩はただ人間の好みとしての種類で、好き嫌いの分類してるだけよ」
ウィルははぁ〜と深いため息を吐いて座った。金色の前髪をクシャリと手で崩す。
「本来なら王妃は王だけのものなのになぁ」
ふてくされた顔がウィリアムそっくりでクスッと笑ってしまう。確かに王のための妃は普通は後宮から出ることを許されず、他の男性と接触するなどもってのほかだ。それを例外として認めてくれているウィルはかなり寛大な王と言わざるを得ない。
「王様のウィルバート、お疲れ様。外遊と会談と続いたから、疲れてるのよね?」
「リアン要素が足りない。補充したい」
甘えたように青い目が熱を帯びてきて、私を見る。私が座っているところまで近づいてくる。至近距離になり目を閉じるようにと指で優しく瞼に触れてから……。
「失礼します」
ドアがノックされて、ウィルがガタッと席を立って、バッとドアの方を見た。
「なんだ!?なんの用だ!?」
威厳のある王の顔になっている。先ほどまでの子犬のようなウィルはどこへ……?素晴らしく切り替えが早いわ。ラッセルがウィルの態度に首を傾げる。
「陛下、先ほど会談後にお伺いしたい事案がありますと言ってありましたが……」
そうだったかな……とウィルがどこか悔し気な顔をしている。
「執務室へ」
ラッセルに促されて、さらに顔をしかめている。
「……陛下、リアン様と一緒にお過ごしになりたいなら、あと五分程度なら時間があります」
「ご、五分!?五分でなにができるって……いや、なんでもない。あー!わかった!ああ!仕事に戻るさっ!!わざとじゃないよな!?ラッセル!?」
「なにがでしょう?」
ラッセルは無実だと思うわ。邪魔されたウィルはヤケクソ気味に言うと部屋から出て行った。ラッセルが振り返る。私ににやりと笑いかけていった。意味深な笑い。
……あ、ラッセル、確信犯かも。
パタンと扉が閉まった。
相変わらず、ウィルは忙しい王様だった。この十年ほどの間にいろんな政策をしてきた。
コンッと私は机を一度、拳で叩く。頭には世界地図。悩みは絶えない。一国の運営ってこんなに大変なのだと思い知らされる。
ラッセルとミンツ先輩が来てくれて、だいぶ楽になったけれど。
さてと、私は後宮に戻り、怠惰にすごすかしら。他の国の王妃は王のために舞や楽器の練習をするというけれど、私が部屋で広げるものは違うものだ。
後宮へ帰る途中、ガルシア将軍に出会った。
「あら?お疲れ様。国境に変わりはなかった?」
ウィルが国外へ行くときに共についていったが、その後、将軍だけ離れて、国境を見回って帰ってくるという話だった。十年たっても変わらない、大男で筋肉質の将軍は大きい手を挙げて挨拶してきた。
「おう!大丈夫だ。安心していい!落ち着いたもんだ」
そう。良かったわと私が行こうとすると、ちょっと待ってくれと呼び止める。
「どうしたの?なにか気になった!?」
もしや国境でいざこざがおこる気配でも!?私は緊張した。ガルシア将軍がヒソヒソ話をするように口に手を当てて、私に言う。これは他に漏らしたくない重要なことなのね。
「ウィルバート様とちゃんと二人の時間を持ったか?」
「はあ!?」
小さい声で続けるガルシア将軍。
「外遊中、リアン様はどうしてるだろうか?とか子どもたちは元気だろうか?などと気にしていないふうで気にしているのがウィルバート様だ。バレてないと思っているのだろうが、ふとした時に寂しい表情を見せていた」
相変わらず、ウィルのことに対して心を砕く将軍である。いざ本人の前となると強くみせていて、ぶっきらぼうな人なのにと苦笑する。
「私、国境のことかと思ったわ」
「リアン王妃様は政務、軍務に長けている。だが、男心というものも大事にしてやってくれ。支えるものと支えてくれるものを持っている男は強くなれるんだ」
じゃあなっ!とドスドスと足音をたてて、言いたいだけ言って行ってしまった。
帰ってきたらクロエはいないし、私はやけに他の男性にチヤホヤ(誤解だけど)されてるし、それは確かにしょんぼりするってものよね。
ガルシア将軍の余計なお世話を私はありがたく受け取っておく。今夜、後宮に来たら、ウィルのこと、甘やかしてあげようと思ったのだった。
ウィルにとって、私や子供たちがなによりも大切なものだということはとても嬉しいことなのだけど……それがいずれ彼の弱点にならない事を願いたいわ。私は私の存在を危惧するのだった。
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