クロエの葛藤
「両親が優しくて理解があっていいじゃないか」
お祖父様が朗らかに言う。カラカラと馬車の車輪が回る。整備された道は走りやすい。この道路をしっかり整備したのもお父様だという。商売や人の交流には道が欠かせないし、行き交う場所が通りやすくなれば流れもスムーズになるとお祖父様が商人としてはありがたいねと笑う。
獅子王と呼ばれるお父様のすごさが城の外にいると余計に感じられる気がした。
娘には激甘なんだけど……。
「わかってるわ。でもなんだかわからないけど反発しちゃうのよね。優しい目で2人とも私を見てくれてるのにもどかしいの」
「クロエの心は今、成長過程だな」
「お祖父様もそんな時あった?」
「ハッハッハ!あったさ!クロエより遅かったかもしれないな。お祖母様に会ったときが一番の反抗期だったかもなぁ」
なにせ世界商人の五家と呼ばれる名門の家一つである当主でありながらも、飛び出したからなぁ〜となんだか穏やかじゃないことを言っているが、血筋なのかもしれないとわたしは思った。
「それより、髪の毛いいのか?」
お祖父様がバッサリ切った私の髪を見て苦い顔をした。
「いいのよ。旅をするには女の子より男の子のほうが身軽なんだがなぁって、お祖父様が言ったんじゃないの」
「……いや、そうだが、まさかなぁ……そこまでするとはなぁ……」
「わたしは本気なの!大丈夫よ。カツラを作っておいたから王宮へ戻ったら、伸びるまでそれをつけておけばいいもの」
「たくましいなぁ。そうしているとウィリアムそっくりだな」
「あんなグチグチしてるウィリアムと比べないでちょうだいっ!本当は自分のやりたいことも好きなこともあるくせに言えないで、皆から言われるままに教育受けてるんだからっ!」
クロエ……と優しい声でお祖父様が声をかけてきた。
「ウィリアムもおまえ同様、お祖父様の孫で可愛いと思っているし、責任感があって良い子だと思う。クロエはクロエで賢くて可愛いくて好きだ。いいか?人のことを貶めると自分に返ってくる。それにウィリアムのこと別に嫌いなわけじゃないだろう」
「うん。嫌いではないわ。見てるとイライラするだけで……」
あっちもあっちでわたしのことを見て、イライラしてる。いつも反発しないで、お利口にしているウィリアム……わたしと正反対だけど悩んでることがあるってわかっている。だから最近、わたしとウィリアムは仲が悪い。お互いのことわかりすぎているからなのよね。
「そうだろう?ウィリアムのことをそんなふうに言わないようにな」
どうやら叱られたらしい。わたしは渋々だったが、うなずいた。それで満足したお祖父様はさあ!商売の始まりだ!といきいきと馬車を走らせる。
「クラーク伯爵様じゃなくて、普通の馬車で行くの?」
「もちろんだ。この姿で商売することが肝心なんだ。貴族相手だとぺこぺこし、名もない商人であればとバカにするような相手と商売してもロクなことにならない。己の身分が低い時、親切にしてくれる人を大事にすることだ。それが人脈となれば、大きな力になる」
「なるほど……そうやって世界中に人脈を作ってきたのが世界商人ってわけなのね」
そのとおり!とお祖父様は貴族に似つかわしくない粗末な馬車を自分の手で走らせる。
青空が広がる。わたしは自由だと空を見上げた。
……うーん。でも正しくは違うわね。お母さまとお祖父様の庇護下のもとでの安全な旅なのよね。お母様にはやっぱり敵わない。手紙と旅装、旅行鞄など用意周到にされていた。
まるでわかってるのよと言わんばかり。
『私の賢い娘のクロエ。気を付けていってらっしゃい』とだけ手紙に書いてあった。その一文に含められているのは様々な思い。それを読み解くのは難解だ。なにせお母様だもの。短いのに重い。
とりあえずは束の間の自由っぽいことを楽しもう。遠くなる王都を感じてそう思ったのだった。
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