可愛い子には旅をさせよ

 帰ってきたら愛娘がいなかった……。こんなことってありえるか?


 目の前にはその母であるリアンが申しわけなさそうにしているが……しているが……。


「リアン、もしかしてクロエがいなくなることを予想してたんじゃないよな?」


 リアンならあり得る。冷静すぎるんだよ。怒っているわけでもなく、不安そうなわけでもなく、ただオレがどんな反応をするのか待っているだけなのだ。怪しすぎる、


「いつかこういう日が来るんじゃないかしら?とは思っていたわよ。大丈夫よ。クロエはちゃんと安全に守られて旅をしてるだけよ。私たちとする旅行となんら変わりないわ。周囲にはクロエは寄宿学校に行っているということにしてあるわ」


「どういうことだ?」


「私の父がついてるわ」


「ああ。なるほど。それならいいか。……なんて言うわけないだろーーっ!クロエを世界商人にさせるつもりか!?」

 

 アナベルが困ったようにリアンを見て、お茶をオレとリアンに注いでくれる。まるで落ち着いてくださいと言わんばりだ。


「まさか!なれないでしょう。クロエはこの国の王女よ?」


「わかっているのに、なぜ許したんだ!?」


「好奇心の塊で興味があることをとことん追求するクロエをだれも止められないわ。私がそうであったように、夢中になる楽しさをあの子は知っている。許さなければ一人で出て行ったでしょうね。優旅慣れているお父様や世界商人たちの監視の目がある中で旅させた方がマシってものでしょう。『かわいい子には旅をさせよ』よ。それにクロエは私が表立っては旅を許可できないけれど、裏では許可したことをわかってるわ」


 どういう意味だ?と眉をひそめるとリアンが説明を続ける。


「クロエの旅の準備をしたカバンと良い馬を用意してあげたもの。何も言わずに出ていったけれど、それはわかってるはずよ。手紙も入れておいたもの」


「なっ!?」


「私だって、本当は傍に置いておきたいわ。でもね……クロエは私がウィルが出会った年齢になったの」


 オレとリアンが出会った年齢。その言葉にオレは怯む。


 そしてオレは空を仰いだ。


「どうせ我儘娘なら、物欲とかの我儘でいいのにな。欲しいものがあるなら買えるのにな。だが……クロエのほしいものは物じゃないんだな」


 そうよとリアンが苦笑した。


「せめて外交から帰るまで待っていてほしかった。見送りたかったな」


「もう会えないわけじゃあるまいし、ウィルは大げさよ。私も父と幼い頃、旅したことがあるわよ」


「……クロエはオレとじゃなくて、お祖父様と行きたかったのかな?」


 少ししょんぼりしたオレにリアンが慰めるようにポンポンッと肩を叩く。


「ウィルが一緒だと、どう考えても普通の旅はできないでしょ……護衛や兵たちが盛りだくさんで、目立ちまくっちゃうわ」


「ウィルバート様もリアン様もすでにクロエ様の年頃には、もう私塾へ行かれてましたし、お二人のお子様なので、こういう現象は起きるかと思いますが」


 だんだんがっくりと肩を落としていくオレを見ていられなくなったのか、静かにたたずんでいたセオドアまで口を挟んできた。しかしまったく慰めになっていないぞ!

 

「父の予定では、そんなに長旅ではないし、すぐ帰ってくるから、しばらくクロエの気がすむようにさせましょう」


 オレは心配症の親ばかなのか!?周囲がクロエに理解ありすぎじゃないか!?……いや、オレは苦手なのかもしれない。失ってばかりのことが今まで多すぎた。


 黒いウィルバートが警告するんだ。いちいち言ってくる。


『幸せだと油断するな。いつ壊れるかわからないぞ』


 そう囁いてくるんだ。警戒しろ。油断房するな。常に研ぎ澄ませておけと。


 いつだって暗闇は急にやってくる。予想しない形でオレの前から大切なものは簡単にいなくなる。だから閉じ込めておきたくなる。手の中で囲える範囲にいてほしくなる。


 ふとリアンの顔を見た。彼女は後宮にいてくれている。性格的にふらふらと王宮の外に行きそうなのにとリアンの性格をだれよりもよく知っているオレはそう思った。


 もしかして……そういうオレの部分をわかっていて、大人しく後宮で過ごしてくれているのかもしれない。


「ウィルバート、知ってるでしょ?私は怠惰に過ごすのが好きなのよ!」


 やっぱり彼女はすごい。オレの言いたいこと、顔に出ていたかな?


 そうしてリアンはオレを安心させるように優しく微笑んだ。……最強だよ。オレの奥さんは。

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