本当の姿

 ラッセルは他の人に対してはそんな嫌なやつじゃないことを知ってる。リアンにだけなんだよなぁ。かと言って、リアンがラッセルに嫌がらせをしたわけでもない。


 ラッセルは人情にあつく、仲間思いで、面倒見のいい男だ。私塾で困っていた仲間を助けずにいられないやつだった。


 農家のトーマスが、家中、病にかかってしまった時だった。


「すいませんっ!遅刻してしまいました!」


 授業に遅れてきたラッセルは汗だくだった。先生は咎めるわけでもなく表情一つ変えずに、席につきなさいとだけ言った。休み時間になって、ラッセルがぐったりとしていた。


「どうしたんだ?」


 オレが尋ねると、パッ!と顔をあげて、なぜか嬉しそうに笑う。


「えっ?ウィル、心配してくれるのか!?……あ、でも、なんでもない。時間に間に合わないと思って走っていたら、疲れただけだ!」


 トーマスが元気になって私塾にやってきた時、ラッセルに礼を言っているのを耳にした。


「ラッセル、こないだはありがとう。野菜を売りに行ってくれて助かったよ」


「いや、良いんだ。元気になって良かったよ。家族、皆、病気は良くなったか?大丈夫なのか?」


「ああ!野菜を無駄にしなくて済んだし、我が家の大事な収入も途絶えなかったし、本当に礼を言っても足りない。今度、家に来てくれ。野菜がほとんどだが、ごちそうする」


「気にするな。困っていたら言え!仲間だろ!」


 そんな二人の会話から、遅刻してきた理由がわかった。


 またある日のことだった。


「ザビが、港町のやつらに連れられて行った!」


 私塾が終って、帰ろうとした時に飛んで入っていたやつがいた。なんだと!とラッセルが席から立ち上がる。


「喧嘩なの!?喧嘩みたいよ!ウィル!」


 リアンがやけにソワソワしだした。オレは直感的にリアンが野次馬しに行きそうだとわかった。


「リアンは危険だから、ここで待っていて!ラッセル!僕も行くよ」


「え!?私も行きたい!」


 ラッセルが助かる!と言って駆けてゆく。オレはリアンについてこないように言い残し、遅れないように走り出した。港町の倉庫周辺で私塾仲間のザビが荒々しいやつらに囲まれていた。


「生意気な口ばかり叩きやがって!」


 バキッと殴られてザビがううっ!と声をあげている。


「待て!そこまでだ」


「なんだ?お前ら?」


 ラッセルとオレを睨みつける四人組は見るからに悪そうだった。ザビが血だらけの顔を手で抑えて、助けてくれともう片方の手を伸ばしたが、その手すら、踏みつけられて苦悶の表情を浮かべている。


「ザビを解放してやってくれ!頼む!」


 必死さが伝わる声音でラッセルが言った。相手は眉をひそめる。


「どういう関係だよ?」


「私塾仲間だ!」


 聞かれて、ラッセルは素直に答えた。いやここはバカ正直に言わないほうが良かったと思うんだが?


「私塾?あそこのやつらか!口ばかりで多少頭が良いからと馬鹿にしてるやつらだろう!」

 

 ……ほらな。無駄にあの先生の私塾は有名なんだよ。しかも変わり者が集まってるから、悪目立ちしてる気がする。


「馬鹿になどしていない!ただ、こういった愚行は良くない。傷つけ合うのではなく、知性ある人として話し合うべきだと思う。君たちも友人がいるだろう?大切な友人を傷つけられたら悲しい思いをするだろう。また君等の親御さんもこんな暴力を奮うことを果たして良しと思うだろうか?」


「何をごちゃごちゃと!こいつらもやっちまえ!」


 ラッセルが説得を試みようとしたが、あっさり良い言葉は吹き飛ばされた。四人が一度に前に出る。後ろには倒れたザビ。そんな……と呟いてラッセルが後ずさりする。


「どけ。ラッセル」


 世の中は理不尽だとオレはこの歳で学んでいたから、なんてことはなかった。説得できないことなど予想していたから動揺もしなかった。力で示さねばわからぬ輩も世の中には存在するんだ。


 ラッセルは動揺して震えていた。


「ウィル!危ない!!」


 叫ぶラッセル。殴りかかってきた男の拳を軽く横に体をずらして避ける。まぐれか!?と相手は驚いた顔で、オレを見た。


「いきなり殴りかかってくるなんて、怖いなぁ。そんな怒らなくてもいいじゃないかー」

 

 のんびりとした口調のウィルの性格のまま、相手に答える。ふざけんな!と罵倒しながら、再び飛びかかってきた。


 避けると同時に足をだしてひっかけて転ばせる。もう一人をぐるっと反転して避けてから、腕を持って、押さえつけて背中から蹴飛ばすと相手は前のめりになって地面に這う。3人目が来たところで……。


「あっ!イヤリング落とした!」 


 オレはとぼけた声をあげてしゃがみ込み、耳についていた金色のイヤリングを落としたフリをして、避け、顔を上げて自然体にさり気なく拳を入れた。


「こいつ!なにしやがるー!!」


 1人が怒りと焦りをあらわにし、武器をだしてきた。


「刃物!?ずるくないか!?それは危険すぎるよ!」

 

 そう言って怯えてみせ、体をひいて逃げるふりをすると、ヒュッと頬の横をナイフがかすめた。ラッセルが見てなければあっという間に叩きのめすんだけどなぁ。いつものんびりしているウィルがここで、本気を見せたら、さすがに何者だと怪しく思うだろう。


「ウィル!逃げろー!」


 ラッセルが叫ぶ。その声にオレが本気で怖がってると思った相手はダッシュで勢いをつけてきた。


 ギリギリで避けると、相手はオレの後ろの海にザバーンと音を立てて水しぶきをあげて落ちた。……どんまい。


 ガルシア将軍や騎士団に日々鍛えられていたから、なんてことはなかった。動きが素人集団だった。


「ウィル……すごいな。どうやったのか、さっぱりわからなかった」


「まぐれだよ。相手が自爆してくれて良かったよ」


 にっこりとオレはウィルらしいの穏やかな笑顔でラッセルに笑いかけた。


「ここまでしてタダで帰れると思うな!」


 相手がそう言って、再び立ち上がろうとした時、街の警吏がやってきた。リアンが警吏を連れて来ることはなんとなくわかっていた。その前に片付けることがオレの役目だ。リアンに首を突っ込ませる気はない。街の警吏がぶちのめされたやつらをさっさと連れて行く。


 警吏を呼んでいた間に終わっちゃってるなんてーっ!と憤慨していたが、一番冷静な判断をしたのは彼女だったと思う。


 とにかくこんな喧嘩にリアンを巻きこまずに済んで良かったとオレは心のなかで、ガッツポーズをしていたのだった。


 ラッセルは大丈夫か!?とザビを介抱していて、やはり良い奴だったし、私塾の良き仲間という印象しかなかった。


 ……ラッセルはこんな性格なのに、リアンにだけは嫌なやつになることが謎だった。


 一度、聞いてみるかと思った。ラッセルが彼女に関わり、リアンが仕返しで、城の壁を吹っ飛ばす事態になる前に。

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