人は皆、自分の役割を持っている

「陛下、なにか申し付けたいことがありましたら、何でもおっしゃってください」


 額に手をやる。執務室にラッセルがいる。


『私塾の皆には絶対に言いません。その代わり、俺を陛下付きの王宮政務官にしてください。出世とかではなく、陛下の力になりたいんです。給金も今のままでかまいません!お願いします』


 そんな条件のようなことを突きつけてきた。オレの力になりたいとか本気で?何か裏があるのか?と思ったが、実際にしてみると、さすがあの先生の私塾にいただけあって、有能だった。


「地形図が……」


「もうご用意してあります!」


「ユクドール王からの手紙は?」


「こちらに手紙は全てまとめてあります。ユクドール王からは本日、午後届いたばかりです。どうぞ」


「明日の天気は?」


「雨ですね。天気は下り坂です。見てください。太陽の周りに虹の輪があるでしょう?」


 ホントだと窓から太陽を眺めた。


「雨ですから、視察の予定は延ばされて、明後日にされますか?スケジュール調整します」


「できればその方がいいな。水源を見に行きたいから」


「かしこまりました」


 優秀さは認めざるを得ないし、お陰で予定の仕事がいつもより一時間早く終わってしまった。


「では、失礼いたします。また明日、伺います」


「えーと、ラッセル、ありがとう。助かったよ」


 オレはその能力を認めて礼を言うと、ラッセルの目が丸くなり、そして満面の嬉しい笑顔を見せた。こんな笑顔、私塾のときに見たことがなかった!リアンにいつも険悪な顔をしていたからだろうけど。


 その話を後宮へ行き、リアンにすると、はぁ……と重々しいため息をリアンは吐いた。 


「それで、いつもより早く後宮に来れたのね。ラッセル頑張ってるわね」


 薄暗い、リアンの部屋の中で、表情がはっきりしたないが、どこか元気がない。気の所為だろうか?いや、気の所為じゃない。理由はわかる。寝転がってくつろいでいる場合じゃないか。


「リアン、この話は話し合うべきだったんだ。後回しにしていて……ごめん」


「え?」


 ベッド脇のライトをつけて部屋を明るくした。オレがムクッと起き上がると、リアンはどういうこと?と尋ねてきた。片手に水を持っていて、そのグラスを置いて、ベッドに腰掛けた。


「本当はリアンは王宮政務官や王宮魔道士などになって働きたかっただろう?思う存分、能力を発揮したかった。違うか?」


「……前はそうだったわ」


「前?正直に話してくれて構わない。今もだろう?オレのせいで、後宮に閉じ込められて自由に動けない。恨んでないか?」


「なるほど。だから、ウィルは私に遠慮していたのね」


 うっ……遠慮というか……と言葉に詰まる。


「王様なら自分の思い通りにしても誰かに咎められたりしないのに、私に好きなことをさせてくれようとしていたわよね。そうね……私、ここの後宮に来たばかりの時は、顔も知らない陛下の下へ嫁ぐなんてまっぴらだし、私は、せっかく学んだことをいかしたいのよ!って思ってた。でもウィルが王様だったから、良いかなって思ったの」


 彼女はゴロンとオレの膝に寝転んで、そして目を閉じた。甘えるような仕草にドキッとさせられる。


「今は違う心配や不安があるの。私が……もし……もしあなたの子を身ごもったとしたら、動けなくなるわ。その間に戦が起こったり、国が困ったことになったりしたら、どうしよう?」


「えっ?」


 悩んでるのは、そこなのか!?なんか心配するところおかしくないか?普通の王妃はそんな心配するだろうか?


「やっぱり戦は現場にいたほうが、その情勢もわかりやすいでしょう?ウィルがピンチの時に、馬に乗って駆けていけなくなっちゃう。私、三騎士やセオドア……ラッセルが自由に動けることが羨ましいのよ。ウィルをなにかあったらすぐ助けられるじゃない?私なんて……」


 なんという健気で可愛いことを言い出すんだ!?無自覚なのか、真剣にオレのことを心配してくれてるのが良い!リアンが下からオレの頬に両手で触れた。


「役に立ちたいの。私はウィルを守りたいのよ。ウィルが大切にしているこの国を一緒に守りたいのよ」


「リアン……オレ、今、すごく嬉しいってわかってるか?」


 なんで!?とわからないようだった。


「リアンが一緒に国造りを悩んでくれていること感謝してるんだ。ダムのおかげで今年の収穫量は上がってるし、民達も夏場に水の心配をせずに生活できている。数々の国とのトラブルを血を流さずに問題を解決してくれた。それにオレの辛かった過去を精算してくれた。……まだ言おうか?」


「まだあるの!?」


「うん。子供のこと、無理しなくていいのに、王家のためにって思ってくれてるし……頑張りすぎないでくれ。リアンがリアンでいてくれるだけでオレはいい。だけどリアンは今の人生で楽しいか?満足してるか?」


「しているわ」


 リアンが短く答えた声は震えていた。珍しく目をうるませている。


「もちろん正直に言うと、ウィルの傍にいて、働いてる人が、羨ましいって思うこともあるわ。だけど、こうしてウィルの一番近くにいられる特権は誰にも渡したくないの。宰相でも将軍でも、この役割は無理でしょう?」


「無理だね。きっとオレはリアンがいなきゃ、国を滅ぼしていたかもしれない。これからもオレといっしょに悩んで悩んで、もしかして暗くて深い闇の穴に落ちることがあったとしても……歩いてくれるか?」


「死ぬまでいるわよ。約束するわ」


「オレより先に死ぬなよ?」


 ふふっとリアンが笑った。


「ウィルこそ私より先に死なないでよ」


「約束する」


 一緒にこれからも長い時を歩きたい。リアンが心の中で葛藤しながらも、今の人生の道を歩いているのも悪くないと思ってくれてるのが嬉しかった。


 リアンに怒られそうだけど、死ぬ時はオレのほうが先がいいな……そのほうがきっと寂しくない。そう思った。

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