出会うのは偶然か?

 図書室へ行くとクロードがニヤニヤ笑って、本を貸してあげるよーと言う。こないだは許可してくれなかったが……。


「なっ、なによっ!クロード!言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」


 この図書館司書は本当に曲者よね。私とは王妃になる前からの付き合いのためか、親しげだし、私も話しやすい。


「いーや、なんにもないですよ。ただ、最近王宮での噂が嬉しくて嬉しくて!好きな本をたくさん借りていくと良いですよ」


「こないだは貸してくれなかったくせに……」


「陛下を蔑ろにするようなことがなければですよ。仲良くしてるらしいですね。最近、陛下はリアン様のお部屋に夜、入り浸りとか?」


 バサササッと私は本を落とした。


「リアン様っ!貴重な本なんですから、丁寧に扱ってくださいよ!」


「ご、ごめんなさい……まったくこれだから、王宮って嫌よ。動向が筒抜けなんだから!」


「どこの王宮もそんなもんじゃないでしょうか?」


 緘口令を発令したいわ。ウィルに頼もうかしら?いやいや、こういった噂は黙っているようにと頼んだところで無駄なのだ。逆に黙っていろと言われたら余計に言いたくなるのが人間の心理だ。


「ちゃーんと、リアン様は陛下のお気持ちを受け止めてくださり、本当に素晴らしい……あれ?そこに誰かいるのか?」


 ドアの前に人影が見えた。護衛のトラスがいるはずなんだけど?私が図書室にいる時は誰も近寄らせないようにとウィルからの命令がある。


「少しでいいんです!王妃様とお話をさせていただきたいんです。旧知の仲でして……」


「だめだ!陛下の命令だ」


 トラスが断っている。相手はしつこく食い下がる。


 この声って……。


「トラス、確かにその人は確かに私やウィルと旧知の仲なのよ。良いわ。少し話すわ」


「リアン様!陛下は許しません!」

 

「陛下も知ってる相手だから大丈夫よ。なんなら、会話をトラスやクロードが聞いていてもいいわ。やましいことはないわ」


 トラスがそれならば……と身を引いた。図書室へ入ってきたのは予想通りの相手だった。


「久しぶりね。私は会いたくなかったけど、なんの用なの?ラッセル?」


 私塾仲間のラッセルだった。王宮に勤めていると聞いたけど、まさかわざわざ私に会いに来るなんて、そんな仲良しだったわけじゃない。むしろ私に対しては、いじめっ子ラッセルだった。


「まさか陛下がウィルだったなんてな……どうしても確認したくて!」


 あ、ウィル、バレちゃったのね。


「なにを確認したいの?」


「後宮に入った時、ウィルのこと王様って知っていたのか!?実は知っていて入ったんだろ!?」


「知らなかったわよ!両親に脅されて、無理矢理後宮へ行くように言われたのよ」


「好きでもない相手かもしれないのに、よく後宮に入る気になれたな」


 ラッセルの茶色の目が細められる。え?怒ってる?なにに怒ることがあるの??


 いや……怠惰に過ごして後宮から追い出される予定だったのよと説明をしようとしたが、ラッセルの様子がおかしいことに気づく。

 

「ラッセル、なぜ怒ってるの?」

  

 私のこの一言で火がついた。ラッセルの茶色の目に怒りの炎がメラメラと灯ったのがわかった。


「怒ってなどいない!まあ、いいさ。リアンは王妃になってせいぜいウィルの影に隠れてろ。俺が王宮政務官としてウィルのために働いているのを指を加えて見てろ!羨ましいだろ!?良いだろ!?おまえがなりたかったものに目指していたものに俺は今、なってる!」


 確かに王宮政務官になってみたかった。私がすぐに言い返せずにいると、ラッセルは追い打ちをかけてくる。


「女のできることなんて限られてんだ!ざまーみろ!」


 ラッセルは腕を組み、フフンと得意そうに笑った。相変わらず、昔と変わらないやつねと呆れた。


「あのねぇ~。私に敵対心持ちすぎじゃない?なぜなの?そこまで嫌われるようなこと、私、なにかしたかしら?」


 私がそう尋ねた時、トラスがチャキッと音をたてて、かろうじて鞘から抜いていない剣をラッセルに向けた。


「そこまでにしろ!王妃様に対する不敬にも程がある!これ以上の接近は陛下に許しを請え。そして今の暴言は報告させてもらう」


 ラッセルが両手を挙げる。


「えっ!?いや……すいません!つい……いつも通りに喋ってしまいました」

 

「トラス、大丈夫よ。ラッセルは私塾仲間なのよ。口は悪いし、性格も悪いけど、危険はないと思うわ」


 私は別にラッセルを庇うつもりはこれっぽっちもなかったのだが、トラスが厳しい顔をした。


「王妃様が陛下の認めていない男性に近づくことは好ましくありません。話をしたいならば、それなりの場を設けるべきです。ましてやこのような無礼な輩!」


 ぐぅの音もでない正論だった。私は民間の私塾へ行ったり、男爵家といえど、わりと自由な商人の娘として育ったりしたものだから、身分に対して緩いところがある。トラスに叱られてしまうが、今更じゃないかしら?


 私の視線に気づいたらしい。トラスは真顔で続ける。


「フルトンが一度、リアン様の護衛を失敗している。三騎士の名にかけて、お守りする任務をしっかり遂行する」


 フルトンが私の護衛をしているときに、さらわれてしまったことを言っているらしい。フルトンはひどくウィルに注意されたらしい。申し訳ないことをしてしまった。


「わかったわ。ラッセル、陛下に話をする場をたのんでおくわ」

 

「え?いや……別にリア……じゃなく、王妃様と会談の場を与えてもらうのは恐れ多いです」


 私と話したいわけじゃねーよという意味を丁寧な言葉づかいで暗に伝えている。そしてペコリとアタマを深々と下げて、失礼いたしましたと去っていった。


 ……ここに来たのは私と会えると思ったからだろう。あんなに怒らせるようなことを言ったかしら?


 とりのこされた私はラッセルの態度を不思議に思ったのだった。そして、心を揺さぶられた気がした。私は王宮政務官になりたかった。確かにそういうものを目指していた自分はいた。夢を持っていた小さな女の子のリアンを私は懐かしく感じ、思い出したのだった。

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