彼の周りの優しさに触れるとき

「リアン様、大丈夫ですか?お疲れ気味ですけど、お昼寝しないんですか?」


 アナベルが午後のまったりとした時間に、そう声をかけてくる。私は、はぁ……とため息をついた。


「思い出してみて?怠惰ってスタイルを決めたのは、確かに後宮から出るための策だったのよね」


 はい。とアナベルが頷く。


「最近、怠惰になるために必死で時間を作るっていう本末転倒な事態になってるのよ」


「仕方ありませんよ。王妃様というのは本来忙しいものです。それに……あっ!陛下が!」


 私はガタンッと席を立つ。今日こそ言ってやるわ!


「やあ!リアンー!一緒にお茶を……なんで怒っているんだろうか?」


 アナベルが説明を求められたが、さあ?と首を傾げる。


「あのねっ!ウィル、ちゃんと仕事してるの?帰ってきてからも仕事が溜まっていて、忙しいでしょう?それなのに、夜な夜な私の部屋にやって来ては……」


「仕事はちゃんと済ませてる。嘘じゃないぞ!だよな?セオドア?」


 す、済ませてる!?そんなはずは……。


「はい。愚痴をこぼす暇を無くなりましたからね」


「え?なんの愚痴??」


「リアン様と過ごせないことですね。政務で夜、遅くなった時やリアン様がしたいことに夢中である時は、部屋へ訪ねず、自室へ帰ってました……今までは……」


 セオドアが説明すると、ウィルがそうなんだ~とニコニコしている。そうだったの!?


「むしろリアンと夜を過ごすために仕事済ませるぞ!と思うと、ギュッと、集中できて、進むんだ。自分の才能が怖いよ」


「おかしいわよ!?」


「愛の力は偉大だね」


 自分で愛の力とか言う!?


「それとも、リアンはオレが来るのは迷惑なのか?」


「わっ私は、怠惰に………」


「怠惰にみせかけるのはもういいだろ?後宮にはリアン以外はいれない。そんな怠惰に見せて油断させるような相手なんていない」


「そう……そうなんだけど……」


「おっと!こんな時間だ!また夜に来るよ!」


 張り切ってウィルが帰っていく。その後ろ姿をアナベルと共に見送る。


「うふふ。陛下はお嬢さまのこと大好きなんですねぇ」


「…………」


 私はウィルを見送ると、ピラッと父からの手紙を読む。たった一枚の紙切れ。


『隠していても、もはや無駄だろうし護衛についていた侍女から聞いているだろうから、おまえに言っておく。父は世界商人だ。リアンのことだろうから、かなり前から予想はしていただろう。それから大事なことを追記しておく。エイルシア王国とエイルシア王を守れ。東の空から不穏な空気が徐々に流れてきている。油断はするな。備えておけ。以上だ』


 短い。連絡事項なの!?ひさしぶりに帰ってきた娘に優しい言葉はっ!?


 それにしても……ベラドナといい、父からの手紙といい、まだ何かあるっていうの?


 怠惰に過ごさせてよ〜と私はソファーに寝そべった。でもとりあえず、今は……そうね……ウィルバートのちょっと腑抜けたウィルの顔をした様子に私は安心しているのだった。


 もう彼の中でウィルとウィルバートは別人で光と闇にわけられていると思っていた。王の顔をするウィルバートは本当にゾクッとするほど、怖い時がある。王は優しいだけでは国を治められない。わかっているけど、見ているとせつなくなるのだ。


 そしてどうやら、私は残酷に切り捨てられる度量はないようだった。彼の代わりにはなれない。


 でも今、ウィルバートとウィル……二つの顔が混ざりあっている。私のせい?と自惚れてもいいのかしら?


 気づくと、アナベルが真剣な眼差しで、私の顔をみつめていた。


「なに?アナベル??」


「お嬢さまがいなくなったとき、陛下は、今すぐにでもリアン様を助けに行きたかったようでした。だけど自制されておりました。ご自分の立場とリアン様を信じて。お嬢さま、わたしが意見するなんて、恐れ多いとは思いますが、言わせてもらいます!」


 私の姉のようなアナベルだ。なにを言われてもいいのだけど……と、思いっきって言おうとする彼女に、私はコクコク首振り人形のように頷く。


「お嬢さま!!陛下とのお子様をお作りくださいっ!!」


 カシャーンと私はお茶を勢いよくこぼした。


「アナベルーっ!?」


 そんなに、動揺するとは思いませんでしたと手際良く片付けてくれた。私はなんと返事をしようか、困った。返事をしないまま、ええっ!?とアナベルをみつめてしまった。


「皆、温かい目で待ってるんだよ」


 図書室へ行くと、クロードまでそう言う。


「なにより陛下がその気になってくれたのが良い。今まで、王妃はいらないと言っていたから、臣下たちが渇望していたこと、わかってくれるかな?それが王妃様を一人でも娶ってくれて、実は大喜びしてる」


「………ええ。まあ……皆が大目に見てくれてることわかってるわ」


「なによりも王妃様は考えすぎるんだ。今は本なんて止めて、陛下の思いを受け止めることだね」


 ヒョイッと本を奪われる。


「ええっ!貸し出してくれないの!?」


「陛下はかなり待っていたと思うよ。その気になってくれる時をね。王としては珍しいタイプだよ。王ならば思いのままにしても許される。そういう地位だしね」


 けっきょく本は貸してもらえなかった。静かに影のようにヒタヒタとついてきていたセオドアがリアン様と声をかけてきた。私は足を止めた。


「陛下には家族が必要です。今回、疎遠だったといえ、祖母も失いました。父母もいない。好きだった叔父にも裏切られる……孤独なのです。陛下の立場上、三騎士や俺すら、いつか離れていく時や裏切られることもあるんじゃないかと、心から許されてるわけではありません」


「セオドア、あなたが、そんな悲しそうな顔をしないで……」


 セオドアはここまで人の心に敏感だっただろうか?いつの間にか感情が顔に出るようになってきている。悲しく、寂しい顔をする彼の変化に彼もまた心を救ってくれる存在……アナベルがいることに私は気付いた。


「ずっとウィルバート様の側でお仕えしていますが、本来なら味方になるはずの身内の方がどんどんいなくなっていって、一人になっていっています。平気だと幼い頃から言っておりますが、平気な人などいますでしょうか?」


「セオドア、ウィルバートの傍にいてくれてありがとう。あなたのように心から心配してくれる人がいるだけで、陛下は救われるわ。……大丈夫。私はウィルバートの家族になるし、彼のために……うん……その……家族を作ってあげたいと思ってるわ」


 その私の言葉にセオドアは泣きたそうな嬉しい顔をした。まるで自分のことのように……。


 孤独に囲まれていたウィルバート。あなたは思っている以上に、皆から見守り愛されてる王なんだと思うわ。そう私は思ったのだった。

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