君を守る者でありたい

 カランッカランカランと部屋に2つの短剣が弾き飛んだ音が響いた。


 第三夫人の剣とリアンの剣が床に落ちた。二人が剣を交えることはなかった。オレは二人の間合いに入り込み、剣を弾き飛ばした。


 部屋に一瞬静けさが訪れる。剣舞の得意な第三夫人は息を呑む。そして、ハイロン王をチラリと見て何も言われなかったため、スッと下がった。


「これはどういうことだ?」


 ハイロン王がかすれた声で尋ねる。オレはリアンを守るように自分の方へ引き寄せる。


「ウィル……」 


 そう彼女は俺の名を呼んだ。もはや、コソコソする必要はない。


「オレの王妃とオレの国の民を返してもらいにやってきた。我が国では、奴隷商売を禁じているのに、なぜか行われていたようだったからな」


「エイルシア王……か……」


 ハイロン王はオレを見て、そう呟いた。


「悪いな。そこにいるのは本物のエイルシアの王妃だ。そして何も知らずに売られたエイルシアの民のなかで帰国したい者がいれば帰国させたい」


「こんな無礼な真似をして、要求してくるだけとは、ふてぶてしいな」


「本物の王妃とわかっていて、帰国させないのもどうかと思うが?薄々、気づいてはいたんだろ?」


「どうかな?」


 オレは睨みつけるようにハイロン王を見据えていた。


 リアンがチョンチョンとオレの腕を突く。ハッ!とした。


「ウィル、痛いわ。ちょっと……離してくれる?」


 抑えつけすぎた!慌てて腕の力を緩めた。……が、リアンのことは離さない。


「これは外交問題だぞ。ここにエイルシア王家からの手紙がある。読んでみろ」


 ポイッとハイロン王はオレに手紙を投げてきた。受け取って、中を開く。そこにはベラドナが目論んだであろう……リアンをこの国に囚えて置いておくような内容に、オレは思わず怒りで手紙を破り捨てた。


「な、なんだこれー!オレがリアンを捨てることなんて絶対にない!!連れて帰る!!そしてこの手紙の主は極刑だ!」


「ウィル……ちょ、ちょっと落ち着いて!そして離して!」


 リアンが腕の中でジタバタしている。嫌だ。絶対に離すものか!


 目が座ってるわよ……とリアンが引き気味にそう呟いたが、無視することにした。


 もうこうなったら、シナリオを先へ進めるしか無い。


「ここから、逃げれると思うのか?こんな無礼を働かれて、ハイロン王国がエイルシア王国を攻めても文句は言われないだろう。噂の獅子王がこんな馬鹿な真似をするとは思わなかったぞ。たった一人の女のために国をかき乱すつもりか!」


 ハイロン王の目の色が危険なものになる。オレはわかってないなぁと、ニッと笑う。


「たった一人の女性が、どうしても必要なんだ。オレが闇の中に落ちて、国を滅ぼしたくならないように、リアンが必要なんだ。王だからこそリアンを守る者でありたい。たった一人の女性を守れない者が一国の民人たちを守れるか。奴隷として否応なしに売られた人々も返して頂きたい」


「そのたった一人の王妃を取り戻すために、こんな馬鹿げた外交問題を引き起こしているのにか?女に狂って国を滅ぼそうとしていないか?それに奴隷になった民が必要か?取り返したところで、何の役に立つ?自ら危険を犯して出迎えにくる必要性がどこにある!」


 ハイロン王には理解できないことだらけらしい。


「それは……」


 オレが言葉を返そうとした時、腕の中からヒョイッとリアンは抜け出して自由になる。


「リアン!」


「ウィル、そう心配しないで、ここから先は私の領分よ」


 エメラルド色の目が光る。キラキラと光を反射する美しい目。


「勝手な振る舞いをするな!」


 窓辺に立ったリアンはハイロン王にニッコリと笑う。


 あ……これ、嫌な予感がする笑いだなとオレが思った時にはもう遅かった。リアンは外に手をかざす。魔法陣が描かれていく。


「ハイロン王、お世話になったわね。私をここにあなたの意思で引き止めておくことはできないわ」


 これは楽しくなってきましたね〜と、コンラッドが笑いを堪えて、そう呟いている。


「なっ、なにをするつもりだ!」


 ハイロン王が叫ぶ。


 ドンッという音と共に振動が起こる。


 そして枯れかけたオアシスから水が吹き出たのが見えた。ちょうどリアンのかざした手の先にギラギラとした太陽の下、滝のように勢いよく吹き出す水があった。この国が今、一番欲している水だった。

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