二度目の夜の逢瀬は再会

 そろそろ寝ようかしら?そう思い、窓を閉めようとした瞬間だった。バルコニーに手が……手っ!?


 ヒョイッと顔を出し、身軽に窓辺に飛び乗ったのは……。


「ウィルバート!?」


「しっ……!静かに!」


 驚いて思わず声をあげた私の口を塞ぐ。まるで月夜に現れた伝説のランプの妖精のようにやってきた彼。予想外の出来事に私は驚きすぎて、言葉がなかなか出てこない。


「ど、どどどどうやって!?」


 キョロキョロ周囲を見回し、部屋に慌てて招き入れる。服の砂埃を手で払い落として入ってくるウィルは冷静に見えた。でもここまで来るってことは冷静ではなかったということだろうと思う。私の顔を見つめて、嬉しそうに目を細める。


「リアン……!」


 手を伸ばして、そっ……と私の髪に触れた。そして自分の胸へ引き寄せた。いつもなら、そんなことしてる場合じゃないでしょうと怒るところだったけど、私はウィルの胸の中で大人しかった。長く会えずにいたことや不安になっていたことやここに本物のウィルがいることを実感したかった。久しぶりのウィルの香りにホッとする。


 でも感動の再会をしている状況ではない。しっかりしなきゃ!現実を見ないと!私は体を離して、ウィルに説明を求めようとしたが、ウィルの方を見ると、目には微かに涙をにじませていたので、ウッと言葉に詰まる。


 そ、そこまで!?


「会いたかった。無事で良かった。会ったら、もっと色々聞こうと思ったけど、顔を見たら……言葉が出ないものだな」


 その言葉に、どれだけ彼が心配し、不安だったかがわかる。怒られるよりなんだか堪えるわ……。むしろ怒鳴られた方がマシだったかもしれない。


「心配かけてごめんなさい。でもケガもないし、元気だし、怠惰に過ごせていたし、私に変わりはまったくないわ」


 ウィルはホッとしたように頷く。


「うん。顔をみたらわかったよ。元気そうだし、顔色も良いしね。リアン、一つ確認しておきたいことがあったんだが、まさか自ら奴隷商にわざと捕まえられたわけじゃないよな?」

 

「ベラドナに関われば、いずれ奴隷商に行き着くとは思ってはいたんだけど、わ、わざとじゃないわよ!?油断したの」


「そうなんだね。リアンが自分で飛び込んでいったのかと、ほんの少しだけ思っていたんだ。疑ってごめんよ」


 ニッコリ笑うウィルだが、返事によっては……どうするつもりだったのかしらと背筋が寒くなる笑い方だった。もう余計なこと言わないほうがいいわね。


「じゃあ、さっさとこんな国から出よう。帰るぞ」


「えっ!?今なの!?……ウィル、冷静なのよね?」


「ダメか?冷静でいるつもりだが、冷静ではいられない。ハイロン王がリアンに触れた瞬間、叩き斬ろうかと思った」


 ……殺意は本物だったらしい。今も青い目の奥が冷え冷えとした氷のようだった。


「お、落ち着いて!ハイロン王は私をからかってるだけで、そんな関係ではないわ。後宮から逃げるのはダメ。逃げるなら、この場所からではないのはウィルならわかるわよね?どういうタイミングが良いのか……エイルシア王ならば判断できるはずよ」


 エイルシア王ならばと言われて、ウィルは顔が強張った。彼は王である自分を忘れていないことがわかる。


「懐かしいわよね。こうやって、私があなたの後宮にいた時、王と知らなくて、夜に訪ねてきてくれてびっくりしたわ」


 私塾で仲が良かったウィルが危険を顧みず来てくれたのだと思った。あの時の彼はどこか飄々とし、得意げでもあった。だけど二度目の夜の逢瀬は少しせつなく寂しげな表情をしたウィルだった。そんな顔をされたら、今すぐ連れてってと口を滑らせそうになる。


 でもダメ、私の身一つで、ハイロン王国とエイルシア王国……ユクドールやシザリアまで巻き込みかねない。私にはそんな価値などないわ。


 彼は無言のまま入ってきた窓へと見を翻して歩いて行く。


「ウィル……」


 私が小さく名を呼んだけれど、振り返ることなく、ザアッという風の音とともに彼はいなくなった。

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