世界商人の謁見
「ベラドナ様とのお話し中に失礼かと思いましたが、クラーク男爵の話を聞いたほうが早いかと……」
控えめにセオドアがそう言うが、大事な話だろう。
「通せ」
はいとセオドアが返事をし、入れ替わるようにリアンの父のクラーク男爵が入ってきた。ベラドナを一瞥した。商人ではなく、父親としての冷たく怒りを込めた表情を一瞬だけみせた。しかしすぐにプロの商人としてニッコリ微笑み、オレとベラドナに話しかける。
「陛下、リアン王妃の居場所を突き止めました。……警備兵は配置済みでしょうか?ここへ呼べばすぐ来ますか?」
「え?ああ……配置済みだが……」
「いえ、逃げられては困りますからね。可愛い娘を酷い目にあわせた犯人をここで捕まえたい。国外逃亡などさせようものなら、わたしの妻になじられます。妻に失望されるのだけは我慢できません!陛下、リアンは砂漠の国のハイロン王国にいます」
リアンの母に?失望ってなんだそれ?
じゃなくて、問題は……。
「リアンが砂漠の国に?ハイロン王国と繋がり、逃げようとしていたのか!?」
「ええ。すでに財産も三分の二が、ハイロン王国に移し済みだったんですよね?差し押さえさせてもらいましたよ」
「たかだか商人風情が……」
『世界商人』の顔をしたクラーク男爵は容赦なく、すばやい行動で報復に移っている。ベラドナお祖母様が憎々しげに、睨みつけるが飄々としている。
「たかだか商人風情といいますが、この世界で、我々、商人の手が届かぬ場所など無いんですよ。よくも娘に手を出してくれましたね。妻が心配し、嘆いてましてねぇ。わたしの妻を悲しませた代償は受けてもらいます」
……さっきから薄々、思っていたが、このリアンの父、リアンの母に対する愛がいちいち重くないか?
「ハイロン王国の後宮にリアンは入れられています」
「後宮だってーーー!?なぜそんな成り行きになってるんだ!?」
「そちらの老婦人に聞いてみるとよろしいかと」
クラーク男爵は目を細めてベラドナを見る。
「ご安心ください。我らが同胞がリアンの傍に潜み、砂漠の王が手を出さぬよう見張ってます。陛下のもとへと安全に帰すことを約束しましょう」
世界商人すごすぎる。今は味方だが、敵にすると怖いなと感じた。
「いや、オレが迎えに行く」
「ウィルバート!?おやめなさい、言ったでしょう!あの王妃は王家に災いしかもたらしませんよ!あなたが不幸になるだけです!」
べラドナが批判の声をあげた。それを言う資格があるのか?この王家のためと言って何人もの人を苦しめてきたおまえがか?と鋭い視線を送った。
「黙れ!それ以上言うな」
ベラドナを連れて行け!と叫ぶと、なだれ込むように警備兵が入ってきた。
「触れないでちょうだい。自分で行きます。王家の人間ですからね。あなた方のような者の手に触れられたくないんですよ」
誇りを失わないとばかりに、抵抗するわけでもなく、歩いていく。背筋を伸ばして。そして一度振り返る。
「後悔しますよ。ウィルバート?この王家はそんなに甘くはありません。玉座を狙う正統なる血筋という輩が必ず出てくるでしょう。あなたは平民の母親、あの王妃は後継者もいない。いずれわたくしが正しいと証明されるでしょう」
「己の心配よりクーデターの心配か?オレの方が正しいと逆に証明してやるさ」
ぶつかり合う視線。決して相容れない祖母との距離と考え方だ。フイッと視線をベラドナは外し、背中を見せて歩いて行った。
やっと最後の蛇を檻の中に入れた。違法の奴隷取り引きをしていたのだから、罪状もかなり重いものになるだろう。
剣を鞘にカチッとおさめる。
「陛下、まさかわたしが来なければ……」
「斬り刻んでたかもな。リアンの居場所を知りたかった。さっさとそうしたかったんだが、世間では善人の顔をしている祖母を断罪するには罪状がどうしても必要だった。その分遅くなってしまったな」
クラーク男爵は複雑な顔をした。その思いにオレは気づいて苦笑する。
「実の祖母だろうが、関係ない。王とは孤独なものだ」
しばらくの間が流れた。クラーク男爵は少しだけ笑った。それは悲しげな笑みにも見えた。
「うちの妻がリアンを後宮に入れたいと言ったのがわかります。陛下にはどうしてもうちの娘が必要だったんですね」
ああ、そうだ……と頷く。そして言った。
リアンを助けに行くぞ!と。
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