砂漠の王はゲーム好き

 後宮中にハリムが第五夫人以下の女性を寵愛し始めた!と噂が流れている。


「うーん、いい香りね」


 アイシャが香水の香りを嗅ぐ、私の満足げな顔を見て、ニコニコしている。


「ハリム様が手に入れてくださいました。良かっですね。ご寵愛が得られそうですよね」


「どうかしら?一時のお遊びでしょう。それに私は彼に興味ないわ」


「そうですか?今はなくても、ハリム様は魅力的な方ですから、きっと好きになりますよ」


「タイプじゃないもの」


 私がそう言って肩を竦めてみせるが、アイシャはクスクス笑っている。


 無遠慮にガチャッ!とドアが開いた。


「リアーン!今日は、このボードゲー厶をしようか!?」


 砂漠の王が突然、部屋に乱入してきた。後ろの使用人が何種類ものボードゲームを抱えている。無邪気に笑う顔は可愛らしくも思える。思わず、私の頬が綻びた。


「砂漠の王はもっと怖い人だと思っていたけれど、案外、ボードゲームに夢中になるくらい可愛らしい方なのね」


「おや?もしかして好きになってくれそうか!?脈がありそうかな?」


 どうでしょう?と私は首を傾げた。まぁ、いいさ!いずれ好きにさせる!と言って、ボードゲームを広げる。私が何か言う前にさっさと駒を置く。


 寝転がりながら、ハイロン王は考え、駒を進める。時間が経つと共に、ターバンをとり、クッションを持ってこさせる。お茶を何杯も飲みだす。あげくに唸り声をあげる。


「勝てないな。どういうことだ!?」


 頭を抱えている。負けたボードゲームが横に並べられている。長い黒髪をわしゃわしゃと手で掻きむしり、悩んでいるが、良い手は見つからないらしい。


「そろそろ私に、褒美をくださいません?後宮から出してエイルシア王国へ帰していただけないかしら?」


「断る!それだけはダメだ!欲しい物ならばなんでも用意させよう」


 即答なの!?頑なすぎる。


「陛下には美人で素敵な女性たちが後宮にいるのに、なぜ私にこだわるのかしら?」


 呆れたように嘆息する私。なぜか捨てられた猫のように寂しそうな黒い眼を一瞬、私に向けるハイロン王、しかし、その表情はすぐに消えて、無邪気で楽しそうな顔に戻る。彼はうーんと背伸びした。


「またリアンに勝てそうなボードゲームを探しておく」


「それは困難だわ。私には勝てないと思うわ」


「絶対に勝つ!!……ん?この香水の匂いは贈ったものか?いい香りがするな」


 クンクンと鼻を近寄らせ、首元のところで匂いを嗅がれる。


「ちょっと!?」


 私が離れようとすると余計に近づいてくる。にやりと楽しそうに笑う。


「ボードゲームでは勝てないけれど、こういった方面はリアンは苦手なのかな?男をあしらうのが苦手とか?」


 ギクッとする。確かにそのとおりだ。あまり得意ではないし、近づいてくる男の人を笑ってかわせるほど場数を踏んでいるわけじゃない。それがバレたら余計に面白がられるかもしれない……どこか、この王は遊びの延長上にすべてがあるから、危険な気がした。


「陛下、後宮の入り口で、宰相がお待ちしてます。そろそろ執務の時間だから、呼んできてほしいと言伝です」


 アイシャがそう伝えると不満気にわかってると言って、立ち上がる。


「さすがにもう時間がないか。戻らないとまずいな。リアン、またな」


 こなくてもいいのよ?と私が言う前にアイシャがニコニコとして、お待ちしてますと快諾しているのだった。


 砂漠の王がボードゲームに飽きる前に、ウィルに来てもらわなくてはならない。私が出した条件なんて、彼が飽きてしまえばそれまでだ。王のひと声でどうにでもなってしまう。王とはそういう地位なのだ。


 私に飽きてくれても構わないのだけれどね……。ハリムが開け放ったドアの先から視線を感じて、ハッとしてみつめると、女性が遠くに立っていた。


「あれは第五夫人です。リアン様を見に来たのではないでしょうか?」


 そうヒソヒソとアイシャが耳打ちした。私の視線に気づくと、フイッと行ってしまう。


「リアン様を気に入っているのではないかと噂されてましたから、偵察でしょう」

 

 ……あまり好ましくない事態ね。他の夫人に目をつけられるのはゴメンだわ。


 私は苦い顔をしていたらしく、アイシャが大丈夫ですと私を安心させるように言う。


「リアン様への嫌がらせは、このアイシャ、全力で阻止させていただきます!なにせ初めてハリム様は自分で女性を選ばれたのでは?と思うからです」


「え?寵愛していると言われている第五夫人までの五名の女性たちはどうなの?」


「この砂漠の国には五つの大きな部族があるんです。五人はその部族のお嬢様方なんです。いわゆる政略結婚ですね。王は五つの部族から一人ずつ娘をもらい、後宮に入れることが、慣例となっております」

  

 なるほどと私は納得する。


「五人のうちから後継者を作ることになってるんです。他の集められた女性たちは、王の栄華を見せつけ……いえ、誇るためのお飾りというわけです。ですから、リアン様の元へ自分の意思で通う姿に他の方々も驚いているのです」


 説明を聞いて、安心するより、さらに不安になった。


「ややこしいことにならなきゃいいんだけど」


 後宮の争いに参加などしたくはないのよと、嬉しそうに語るアイシャを見て、私は額を抑えたのだった。

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