怠惰の穴に落ちる
後宮に入ったと言っても、ウィルの後宮とは規模が違った。女性が100人いると言われる。
「まぁ、おまえが顔を覚えられるのが先か老いていくのが先かわからないが、三食、昼寝がつく裕福な生活は保障されているだけ、ありがたく思うがいい」
そう青い服の男は言い捨てて、使用人達に慣れた様子で指示を出して去っていく。まったく文化が違う。本で読んでいたのと見るのとでは、また違うわねと私はやけに冷静に見ていた。長い布を被った女性が私を上から下まで眺める。
「素材は良いですね。お気に召されると思います」
「誰に?と聞かなくても予想つくわ」
しゃべらないようにと言われいるのか、その女性に無視される。周囲も同様だった。他の使用人達も同じように無駄話をしない。
「まずは入浴していただきます。それから肌の手入れをし、服を着替えて、部屋に主から呼ばれるまで、待機してください」
「一生呼ばれないってこともあるの?」
「はい。いまだにお声のかからない者もおります。主が愛しているのは第一、第二……第五王妃までてしょうか。そのほかは美しい女性や戯れに集められた女性にすぎません」
こういう情報は教えてくれるらしい。100人もいたら、顔も名前も知らないでしょうねと私はあきれる。ウィルのように、後宮に一人だけしか入れないというのも珍しいのかもしれない。あの広い後宮にたった一人、私だけで良いと言ってくれる王。
それだけウィルが私に対して深い愛を誓い、真摯な気持ちをくれているのだと、いまさら気付く。王という立場なら、もっと好きにしても良いのだろうけれど……。離れると気付くこともあるのね。
きっと怒ってるわよねぇとお風呂に入りながら、ため息が出る。ウィルが怒ると怖いのよね。いや、私が怒られることをしてるんだけどね。今回ばかりは許してくれないかも。成り行きと言えども、この私が最悪のシナリオまで予想してなかったのか?と問われたら、正直に予想してましたと答えるだろう。どうせ嘘をついてもウィルにはバレるし。
「洗わせていただきます」
はい?洗わ……?なんて言った?
私は湯舟にまったり入っていて、気づくと、女性の使用人、数人に囲まれていた。
「きゃあああああ!」
私の悲鳴が上がる。無視して石鹸で泡だらけにされて、洗われて、体中にオイル、クリームをマッサージされ……いい音楽まで奏でられていて、良い香りに癒やされて眠くなって……いやいやいや!だめでしょ!と自分自身にツッコミをいれる。
まったり癒やされてる場合じゃなかった。危うく怠惰の穴に自ら落ちるところだったわ。すごいわ。この人たちの腕前。否応なしに癒やされる!
ずっと緊迫していたところにいて、移動続きで、さすがに私も疲れていたらしい。でもこれからのことを考えないとダメよね。寝てる場合じゃないわ。
この国の民族衣装だろうか?頭にふわりとした布切れのベールをかぶせられる。半袖のワンピースのような服。へそ出しの物もありますよと言われるが、丁寧に断った。さすがに、それは抵抗がある。一応、貴族の娘として育った私なのだ。金色の腕輪を付ける。大きなイヤリングとネックレスもつけられる。
お部屋はこちらですと、それほど広くはないが、くつろげるフカフカのベッド、風通しが良くてそよそよと涼しい風。異国の香の薫りも悪くない。テーブルには瑞々しい果実。
私は、お風呂に入り、サッパリとし、部屋のベッドに横になると、心地よすぎて、いつしかすやすや〜と眠っていたのだった。なんて緊迫感がない!と思われるかもしれないが、この時、すごく疲れ切っていた。そう言い訳させてほしい。怠惰の穴にストンと落ちた私だった。
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