売られていく先

 ウィルが襲撃する少し前の話になる。私は助けに来てくれたことを知らなかった。


「今日は集会を行いたいと思います」


「えー!めんどうだわ。後少しで、この本が読み終わるから嫌よ」


 ゴロゴロとしている私の足かせを白装束がため息まじりに外す。めんどくさそうに私は寝転がったまま、本から目を離さずに答えた。


「本当に、こんな怠惰な人があの王妃様なのか?我々を導く神なのか?」


 小さく呟く声が聞こえた。失礼ね!と言おうとしたが、怠惰なのは間違いない。偉大なる怠惰な神にならば……なれる気がしなくもない。


 嫌と言ったが、集会に無理やり連れて行かれる。広い部屋にズラリと並ぶ白装束たち。一様に白い覆面をつけていて、顔は見えない。


「尊き女神リアン様!どうかお言葉をください」


 跪く白装束たち。不気味すぎる。……お言葉ねぇ。


「あなたたちには自分で何かしようとする気概はないの?人任せではなく、自分の頭で考え、自分の足で歩くことの方がなん百倍も楽しいわ。人に人生を任せるなんてくだらない。他人に決断をさせ、委ねるなら、怠惰にゴロゴロ寝ていなさいな。何も考えず、何も行動を起こさず、人に迷惑をかけない!これが一番なの!」


 ありがたい怠惰の神の言葉を続ける。


「究極の怠惰というのは、うちの師匠みたいな人のことを言うんだけどね。釣り針たらして、釣れない魚を何時間も待って、その時間に『人の生とはなんぞや?』……とか考えてるらしいわ。あなた方もこんなことをしないで……」


 いきなり、バンッと扉を開けて入ってきた。驚いて私は言葉を止める。指を指される。な、なに!?


「このリアン王妃は偽物だ!」


 なんだと!?やっぱり!?とざわめく部屋の中。


 やっぱりって……どういう意味よ!?とツッコミたかったが、それより先に私の体に光の紐のような物が巻き付き動けなくなる。この中に魔法を使える者がいるの?なかなかの戦力を持ってるわけね。抵抗できないわけではないけれど……。


「王宮に王妃様がいらっしゃると聞いた」


 それはきっとウィルが作戦のためにアナベルかエリックに頼んだ私の代わりだと思うのよね。王妃不在を隠すためにしていることだろうと推測できた。


 でも、さすがに身の危険かしら?引き際がいつなのか、タイミングをはかりたい。


 白装束たちは騒めき、『失望だ』とか『偽物だとわかっていたら、あんなにこき使われなかった』とか『怠け者すぎると思っていた』とか勝手なことを言い出している。


「この女、どうします?」


「ちょうど、奴隷商が来ている。見た目はいいから売り飛ばせば金にはなるか」


「そうしよう。いろいろ知りすぎてしまったからな」


「しかし、見た目は王妃に当てはまるのだがな?金の髪に緑の目。誰かはっきりと王妃様を見たことあるものはいないのか?」


「遠目だったからなぁ。自信ないな」


 会議の結果、私は売られることになったらしい。奴隷はごめんだわ。そこまでのシナリオを進めてしまうと、ほんとに大事になっちゃうし、このへんで本当は止めたいものだわ。


 売られるために粗末な荷馬車に入れられそうになり、逃げ出そうと決意した時だった。


「た、助けて…」


 暗い荷馬車の中から聞き覚えのある声がした。孤児院にいた少年。アレクだった。アレクが私に抱きついてきた。震えている。まだ売られてなかったのね。ホッとする。


「アレク……よかった。ここにいたのね。怖かったわね。一緒に帰りましょう」


 小さな男の子がこんなに怯えているなんてと私はギュっと抱きしめた。


「本物のリアン様ですよね?ぼくたち孤児はみんな他国へ売られていくんです。知らない人、知らない地へ。ぼくはいきたくない!ゆるしてください!リアン様を売れば、ぼくは助けてくれるって!!」


 アレク!と私が止める前に細い針のような物が首筋に突き立てられた。思わず突き飛ばそうとしたが、まず指先が痺れだした。即効性の痺れ薬!?それとも毒薬!?


「痺れ薬です。安心してください。べラドナ様はお優しくて、命は奪いたくないそうです。奴隷として一生他国で働かせたいとのことです。命があるだけいいですよね?ごめんなさいリアン様」


 やはりベラドナなのね!と確信したが、もう遅かった。


 殺すよりも残酷な道もあることがまだこの少年にはわからないのだ。べラドナはきっとみじめになった私を見たいのだ。舌も痺れてゆく。これでは動けない。

 

 ぐらりと馬車は動きだした。ウィルの顔が脳裏に浮かぶ。


 ウィル……最悪のシナリオの方へいってしまったみたい。ごめんなさいと心の中で謝った。

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