危険なダンス

 ウィルが他の男性とのダンスを許すなんて、少し驚いたが、それほどコンラッドのことを信頼してるのね。


 眉目秀麗なコンラッドは一見、穏やかに見えるが、内面は激しく負けず嫌いだと思う。視線があう。挑まれているような気がして、ジッと見返すと楽しそうに私を見下ろす。


「なぜ私をダンスに誘われたんです?」


「僕は賢い女性が好きなんです。チェスの勝負をもう一度しませんか?次は負ける気がしない」


「コンラッド殿下がウィルバートに勝てるならしてもいいですわ」


「それは手強そうです。ウィルバートに勝つのも僕はけっこう苦戦してるんですよ」


 クスクスと楽しそうに笑う。どういうことなのかしら?私をウィルバートの王妃に相応しくない!と言っていたのに、なんだか好意的に感じるのは気の所為なの?


 そう思った瞬間だった。フッと照明が消えた。私は直感的にマズイと危険を感じた。マズイのは私ではない。思わず私は叫ぶ。


「コンラッド殿下!逃げて!」


 そうだ。この人が多く集まる時はどんな人が入り込むかわからない。それがコンラッドが王になることを反対する者たちだとしてもだ。その可能性は高い。油断していた。


 ヒュウと矢が近くを通ったのか、耳元で風が鳴る。狙われている。射られてしまう!と、姿勢を低くして身構えた。


「リアン!!」  


「ウィル!」


 そう名前を呼んだのはウィルバートの声だった。私は返事をし、居場所を知らせる。魔法で撃退しようにも暗すぎて見えない。目が暗闇に慣れるまで後、どのくらい!?冷や汗が伝う。


「ギャアッ」


 近くで、くぐもった声と共に、カランカランと銀色の刃が床に落ちる。キャーと悲鳴があがる。誰かが慌てたらしく、テーブルにぶつかる音。それが暗闇で余計に恐怖を煽ることになる。


 このままでは大混乱の場になる。


「落ち着け!害をなすものは捕えた!」


 その声はウィルバートのものだった。強い声は周囲の混乱を一時的に鎮める。明かりがつきだすとウィルバートとセオドアが黒っぽい服を着た人を押さえつけていた。


 私はホッとして立ち上がる。その時、会場の端からキラリと光ったものが見えた。


「コンラッド殿下!危ない!」


 矢がこちらに向かって射られていた。逃げられない。私は来るであろう痛みを覚悟した。


 しかしザッと護衛の兵たちが盾となりコンラッド殿下を守る。そしてエリックが素早い動きで手刀で矢を落とした。矢を放ったもう一人の黒っぽい服を着た者は取り囲まれる。


「エリック、さすがねぇ。ありがとう」


 私はその動きに感心して褒めたが、エリックはいつものヘラヘラした余裕ある顔が消えていた。エリックの視線の先にはウィルバートが激怒した姿があったからだった。


 ウィルの青い目が赤い怒りの色に染まっている。黒っぽい服の男から剣を奪い、その身に突き立てようとしている。


「ちょっと!?ウィルバートなにしてるのよ!?待って!」


「は?リアンを殺しかけたやつに情けをかけるつもりか?」


 目が怖いわ……そうだったわ。前もこうなってしまったことがあった!


「落ち着いて!私じゃなくてコンラッド殿下を狙っていたんでしょ!?それに首謀者を吐かせなきゃ!」


「リアンに刃や矢を向けたことは許されることじゃないけどなぁ?口が聞ける程度に痛めつけていいんじゃないか?」


 口の中にガッと布をつっこみ胸ぐらを乱暴に掴むウィルバート。その状況、相手は息が詰まってて、話せないと思うわよ……自害させないためにしてるんだろうけど。


 相手は目だけ出ていて、そこから恐怖の眼差しでウィルバートを見ている。


「ウィルバート、そこまでにしてください。口を割らせた後なら何をしても構いませんけど。さあ!この者たちを連れて行け!そして首謀者をはかせろ!」


 コンラッド殿下の指示で、兵たちがハイ!と迅速に動く。ウィルバートがチッと舌打ちした。また性格変わってるわよ。以前、私が倒れた時にウィルバートは暴走していたのを思い出した。


 周囲の人達がウィルバートに礼を言おうとしているが、怖い顔をしていて、近寄れないようだった。威圧感と殺気がウィルバートから放たれている。せっかくの楽しいパーティーの雰囲気はなくなり、ざわめいていた。


 私は深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。ニコッと微笑む。そして、ウィルバートの腕をとって、ホールの中央へ誘う。


「リアン!?なにする……え?」


「ウィルバート、ダンスを一曲、お願いできる?私と踊ってほしいの。私はあなたと踊りたいのよ」

 

 ウィルバートは目を一瞬見開いて、そして困ったように笑う。怖い顔が緩んだ。


「いいよ。……コンラッド!音楽を頼む」


「ありがとう。二人に感謝します」


 コンラッドもどういうことか気づいたのだ。すぐに場を戻す必要があると。


 音楽が鳴り出すと騒然としていた周囲は元の落ち着きを取り戻す。


「皆さんを危険な目に晒してしまって申し訳ない。しかしもう大丈夫です!今宵の食事も飲み物もまだたくさんあります。まだまだ楽しんでください」


 コンラッドはそう挨拶し、一人一人に謝罪しにいく。私とウィルバートは中央で踊り続ける。


「リアン、大丈夫か?手が震えてるな。怖い思いさせてごめん」


「ウィルはすぐに守りに来てくれたじゃない。大丈夫よ。しばらくウィルとこうして手を繋いでいれば治るわ」


 私は本当は足も震えていた。さすがに怖かった。


 ウィルは無言で私の手をギュッと強く握ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る