後宮の夜に幽霊は現れる②
2、3日は私も大人しくしていた。だけど私の溢れ出るこの好奇心は止められない!
「ウィルは今日は仕事忙しくて後宮に来ないんだったわよね?」
「そうです。もうお休みになられますか?」
アナベルがそう聞き返しで来たので、そうねと私はベッドに入る。
『国の財政状況について』という読み物を置く。良い暇つぶしになった。エキドナ公爵の領地を健全に管理することで、だいぶ違うわ。この財源でなにをしようかしら。フフフ。
……じゃなくて!今は後宮の幽霊よ!
「おやすみなさいませ」
おやすみなさいと私はアナベルに挨拶する。部屋の明かりが落とされて、小さな灯りのみになる。
シンとした静けさ。後宮の警備の配置は頭に入っている。私はガウンを羽織る。そーっと部屋の扉を開けた。
ヒタヒタと歩いて行く。警備兵の姿が見えた瞬間にサッ!と隠れる。交代の時間は後5分。入れ替え時には大抵隙ができる!
私の予想通り、警備兵は交代時に喋り出した。その声と油断を狙って柱から柱へ身を移していく。
よし!突破したわ!
私は幽霊が出やすいと言われてる部屋のあたりまでやってきた。
「この辺りよねぇ?誰も使ってない部屋が並んでるだけよね……でもさすがに薄暗いし、不気味だわ」
私の歩く音だけが響く。幽霊はいったいなんの目的で現れているのかしら?なにか成仏できない理由があるとか!?
後宮だものね。寵愛を受けれなくて嫉妬に狂った人とか毒殺された人とか………そう考えるとゾッとしてきた。ありえそう。やっぱり部屋に帰ろう!
私はバッと身を翻して帰ろうとした瞬間だった。暗闇に浮かぶ白い布の服を着た……。
「………キャアアアア!」
思いっきり叫んだ!力の限り叫んだ。
グーの拳を作り、魔法の詠唱を始めた私に焦った声が届いた。
「ちょ……!?待てっ!………殴りかかるなよ!?魔法使うなよ!」
その声にハッ!とした。
「ウィル!?」
「幽霊退治するのか?そのまえに後宮破壊しそうだったが?」
目の前にラフな格好をした白い服のウィルがいた。
「幽霊はあなただったの!?」
「たぶん噂の原因はそうだね」
「なんのために!?夜な夜な歩いているの!?」
王が後宮を彷徨っていても確かに怪しくはないけど……。
ウィルはニッコリと笑った。騒ぎを聞きつけてやってきた警備兵達を下がっていいよと安心させる。そして私の手を取り、奥の一室へ連れて行く。灯りの漏れている場所があった。
「そろそろ結婚して1年だよね。日頃の感謝を込めてリアンを驚かせたかったんだ」
そう言って、扉をバーンと開く。そこは煌々とした明かりの中、花や飾りで華やかに飾られ、温かなお茶、美味しそうなお菓子にフルーツ、フカフカのクッション……そしてプレゼントの本!?
「こういう時は女性は宝石やドレスが喜ぶと思ったんだけどさ………」
「キャー!これ、絶版になっていたやつ!こっちは初版の貴重な本じゃないの!ウィル!!ありがとうーーっ!!」
私はウィルの本の選定に心から感謝する。さすが一国の王だわ。手に入りにくい本をよくぞ集めたわ!
「……だよね。リアンは貴重な本が好きだろうと思ったんだ。喜んでくれて嬉しいよ」
「ウィル、サプライズを用意してくれてたの?」
「そうそう。幽霊の噂をたてられてどうしようかと思ったけど、逆にリアンの好奇心を利用してここに来させることができて良かったよ」
おびき寄せられた!?餌に釣られた!?この私が!?ま、まぁ、いいわ。頑張って用意してくれたし。なんか引っかかったけど。
「ありがとう。でも……私は何も用意してないわ」
「良いんだ。オレがリアンの嬉しい顔を見たかっただけだから。その笑顔だけで十分だよ」
なっ、なんなの!?その甘ったるいセリフは!?思わず頬が赤くなった。ウィルがお茶にする?お酒にする?と言って、私の様子など気にしてないらしく、テキパキと飲み物を渡してくれる。
「えっと……あの……本当に嬉しいわ。ウィル」
どういたしましてと笑った彼は王ではなく呑気で優しいウィルの゙顔をしていた。そして酔いが回ってきたころ、ポツリと言った。
「後宮の幽霊か……本当に会いたい人に幽霊でも良いから会えたらいいのにな」
誰なの?と聞かなくてもわかる。少し子どもに戻ったような顔をしているウィルの横顔を私は優しく微笑んで見たのだった。
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