過ぎ去りし過去に痛む心
「それって……まさか……」
「ある程度、リアンのことだから気づいていた部分もあるだろう?平民出身の母は忌み嫌われていた。オレと母は王宮内では厄介者だった。幸い男はオレだけで、後継者は1人だったから、殺されないためには……王になるしかなかった」
ウィルはふぅと息を吐いてから私の髪に触れる。その表情はどこか苦しそうで、悲しそうにも見える。私は言葉を発することはできなかった。
「エキドナ公爵を警戒してもらいたくて話したんだ。なにかしようとしないで欲しい。自分の身を守ってほしくて話をした。頼むから……母のようにならないでほしい……んだ」
言葉の最後は聞こえなかった。下を向き、ウィルは涙をこぼすのを我慢しているように見えた。私は泣きそうになるのをぐっと奥歯を噛み締めて耐える。だって……辛かったのは彼だもの。
「母がいなくなって……一人になったオレは心が黒く塗りつぶされていって……どうしようもなくて……そんな時、リアンに出会った」
声が震えている。そっと私の髪から背中に手が移動して、ぎゅっと抱きしめられた。思い出した幼い頃の寂しさや不安を誤魔化すかのように。彼の孤独はいったいどれほどだったのだろう。
「リアン、居てくれてありがとう。オレは随分、君に救われていた。後宮に残ってくれて、オレのそばにいる選択をしてくれたことが嬉しかった」
彼には幼い頃と違って腹心のセオドアや三騎士、それにガルシア将軍、慕っている人はたくさんいる。それでも私が傍にいてくれて嬉しいと言ってくれる。でも本当は彼らのことも心から信用しているわけではないのかもしれない。立場上、いつか裏切られる日が来ることもありえると、覚悟して想定して、自分の心が傷つくのを守っている。
王とはなんて孤独なのかしら……私は力を込めてウィルを抱きしめた。
「私はずっと傍にいるわ。耐えてくれて、生きていてくれてありがとう。私、今、ここにウィルが居てくれてホントに嬉しい」
「ありがとう。甘い言葉や優しい言葉を信じちゃいけないんだ。だけどリアンのことだけは信じていてもいいかな?」
「いいわ。絶対に!」
ありがとうともう一度、ウィルは言った。
ウィルが仕事に戻って、しばらくして……。
「よくも……ウィルにひどいことしてくれたわねっ!」
私は苛立ちを隠せないほど怒っている。
「持ってください!お嬢様、陛下は危ないことをしてほしくなくて、そのようなお話されていたのではっ!?なんで闘志を燃やしてるんですかっ!」
「あのねぇ……ウィルのことだから、過去のことを話せば私の性格的に燃えることはわかってると思うの」
はい。そのとおりです……とアナベルは頷く。
「関わるなら、エキドナ公爵がどれほど恐ろしく野望に満ちている人か知っておくことだって言いたかったわけでしょ?私が彼から身を守るには敵であると知っておくべきだってね」
「え!?そんな解釈ですか!?それあってますかっ!?」
私はボスッボスッとクッションにパンチを食らわす。
「やめてくださーい!王妃様がパンチとかしませんよっ!」
「私が大人でウィルの助けになれたら良かったのに!悔しすぎるのよ……私がその時、彼の傍で守れたらどんなに良かったかわからないわ……なんで子供だったの……」
ポタポタと私は涙が出てくる。今、ウィルがいないから、泣いてもいいわよね?私はウィルの辛い過去をすべて聞いたわけじゃない。でも気づいた。
ウィルはウィルバートとして城で必死で戦い、私と会う時だけ本来の彼に戻れていたのだと。
「私、なんにっも知らなかったわ」
涙を手の甲で拭う。アナベルがそっとハンカチを持ってきてくれる。
「お嬢様は怒ったり泣いたり忙しい方ですね。でもアナベルはそんな人間らしいお嬢様のこと、好きですよ」
「私はアナベルがいて、本当に良かったわ」
あら、まぁ!と照れるアナベル。誰か一人でも自分の味方で居てくれる。見守ってくれる。そんな人がいてくれるだけで人は強くなれるし、光が示す方へ真っ直ぐ歩いていける。
私がいることで光を見失わずにウィルがいれるのだとしたら……この先、私は何があっても彼のもとにいなくてはならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます