7章

三騎士は守る

 大きな夜会には貴族たちが大勢出席する。私はあまり好きではない。でも王妃の職務の1つと思い、我慢よ!我慢!!と毎回、自分に言い聞かせている。


 何が嫌って……嫌味や気分の悪い言葉を浴びせられる。それも決まって、ウィルがいない時に。


 王に聞かせられない、王の前で言えない、そんな事をコソコソ言ってくるくらいなら言わなければ良いのよって思うけど、相手はウィルが怖いようだった。


「一人で後宮にいらっしゃるなんて寂しくありません?」


「ええ。周りはとても賑やかですし……」 

 

 仕事も学ぶことも山ほどあるし、事件ばかりで、寂しいというほどの暇がないわ。


「でもお茶会の開催もあまりされてないとか?」


 経費と時間の無駄だもの。お茶会したって、誰ソレの噂話や悪口ばかりじゃないの……とは言わず微笑んで違う言葉を選ぶ。


「忙しくて、なかなかできず、申し訳ないですわ」


「王族、貴族の女性たちをまとめるのも王妃様の仕事の1つですわ」


「でもリアン様では人が集まりますでしょうか?」


「あら……そんなこと言っては失礼よ」


 クスクスと笑い出す。令嬢達。ハア……と私はため息を吐く。


「おや?何か売りに来たんでしょうかな?」


「商人の臭いがする」


 アハハと笑う声がした。振り返ると貴族の男の人たち………こっちもうるさい。言い返したい。だけど、ウィルにそれが悪評となって返ってしまうから我慢よ。我慢。


 ……と、いつもならここで、終わるはずだった。


「それはリアン様に対して言ってるのか?」


 聞こえるように言っていた人達が、静まり返った。


「あ、え……いや………トラス殿」


 三騎士の1人、真面目なトラスが夜会の会場にきていた。トラスの登場に、口ごもってササッと蜘蛛の子を散らすように行ってしまう。


「陛下は1人しか娶らないといったが、後継者もいない状態では、やはり王妃の務めは果たせていないな」


 これが一番多い。なんなのよっ!?さっさと子どもを作れってこと!?手に持っている扇を真っ二つにしたくなるんだけど………。


「それなら、陛下の職務を少しでも減らしてやれよなー。忙しすぎる。文句を言う奴らに限って、仕事しないんだ」


 そこで、ひょっこりと顔を出したのはエリックだった。フルトンもそーだそーだと相槌を打つ。コソコソと言っていた人達が逃げていく。


 三騎士たちが揃うと、会場にいた女性たちがキャー!三騎士様たちよ!と騒ぎ出す。


 前までは遠くから傍観していたのに、最近、三騎士達が私の味方になってくれる。ウィルが私から離れるとスッと交互にやってきては、嫌な相手に一撃くらわしていくのだ。


「リアン様がキレて、反撃して、城が破壊されたら困るからなぁ」


 そうエリックが言った。


 ……城に穴が空いた事件のことを言っているのだろう。トラスの方は、自分が不甲斐なかったからですと神妙な顔になっている。


 人気の三騎士たちは女性たちの相手をするため、フロアで踊りだす。さすが華があり、夜会が盛り上がる。


「リアン様、お久しぶりですね。覚えているかな?」


 ダンスを眺めていた私に話しかけてきた人がいた。せっかく三騎士たちが周囲を追っ払ってくれたのに、誰よと振り返ると、長い黒髪を束ね、細い目をし、背の高いイケオジだった。優雅な物腰で立ち姿すら気品がある。


「あなたは……エキドナ公爵でしたわね」


 あまり夜会に出てこないのに珍しいわ。そして……私、あまりエキドナ公爵は得意ではないのよね。最初に会った時、握手をしようとしたら『すみません。手を怪我しているもので』と手を引っ込められた。


 どうみても不自由なく使っていて……ようは私との握手を拒んだのだ。もちろんそれ以来、握手をしたことはない。


 前王の弟でウィルバートの叔父様にあたる。


「王妃がそのようではウィルバートが悪く言われてしまうよ?」


「えっと……どのことをおっしゃってるのでじょうか?」


 私の言葉にスゥと細い目をさらに細めた。威圧感。王家の血が入っている彼は人を圧倒する雰囲気がある。


「あまりにもお転婆の王妃はウィルバートにも迷惑がかかる。わきまえてほしいね。それともやはり商人だけあって、図々しいのかな?」


 ……身分。いまだに私に嫌味を言う人達はたいてい、この身分が低い商人出の家の出身とみくだしている人達だ。


 しかしこればかりは変えようもない。


「わかりかねますわ。私がいったい何をしたのでしょう?後宮にいて、大人しくしていますのに」


 ニッコリ微笑んでみせる。


「とぼけるおつもりか?」


 そう言った瞬間だった。バッといきなりウィルが私と公爵の話している間に割り込むような形で入ってきた。後ろには三騎士。ウィルはなせか珍しく焦った顔をしている。


「エキドナ公爵、なんの用だ!?」


「叔父にずいぶん冷たい言い方だね。少し王妃と話しただけだろう?」


「オレがいる時にしてほしい。オレは意外とヤキモチやきなんだ」


 冗談めかして言ったが、顔は笑っていない。さっさと行け!と追い払うウィルの空気が伝わる。公爵は肩をすくめて、冷たいねと言って去っていった。


「リアン、何を言われた?大丈夫だったか?」


 いつもどおりの嫌味だったと思い、私はなんでもないわとやけに過剰な彼の心配に首を傾げた。


 エキドナ公爵……彼のボタンの蛇の模様がなんとなく印象に残った。蛇に王冠をかぶせてある紋章を持つ家なのねと思ったのだった。

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