夜に忍び寄る影

 さすがに交渉が始まらないことにイライラしてくる。強行突破すべきか?まだ時を見るべきか?相手が動かないことには進まない。こちらから駒を進める局面だろうか?


 こんな時、師匠やリアンは先の先を見据えている。あの二人ならどう動かすだろうか?と考える。……思い浮かばない。


 ……まぁ、とりあえず眠った方がいいなと判断する。人には得手不得手があるものだ。オレはオレのやり方でいくしかない。


「じゃあ、セオドア、頼むぞ。そろそろ休む」


「わかりました」


 セオドアがいつもどおり、返事をする。灯りを消す。薄暗い月の明かりだけが窓から入ってくる。静かな夜だった。


 しばらくして寝静まった頃、鍵をかけたはずの扉がカチャと小さい音をたてて開いた。廊下の明かりが一瞬だけ入り込み、扉が閉まるとまた暗い部屋に戻る。


 誰かの気配がする。ベッドに近づき、触れられる寸前の至近距離になる。さすがに声をかける。なんとなく誰なのか予想できる。


「誰だ?」


 そう尋ねると静かになさってくださいとか弱い声が聞こえた。いい香りのする人物はそっと体を寄せてきた。


 その瞬間、手首を取って、逆の態勢になり、相手を抑える。


「どういうつもりだ!」


 目が慣れてくるとわかる。シンシアだった。目が潤み、泣きそうな顔をしている。


「こんなことをするわたくしをお許しください。本当にウィルバート様をお慕いしていますの。どうかあなたの国へ連れてってくれませんか?」


「誰に言われた?」


 そう尋ねた瞬間に部屋のドアが開き、明かりがついた。


「シンシア様とエイルシア王が!」


 衛兵やメイドが集まってくる。……これは謀られたものだった。


「エイルシア王!これはどういうことか!我が国の王女をこのように連れ込み、どう責任をとるおつもりか!?」


 ヒョイッとベッドから軽やかに降りた。シンシアはそのまま、顔を赤くしてベッドの上にいる。


「どうもこうもしない」


 ベッドの上にいた男は動じず、居直っているように見える。そして髪を掴むとウィッグが外れた。金色の髪が銀色の髪になった。


「エイルシア王でなくて、悪いな。愛しいというならば相手を間違えないことだ」


 冷たい声が響く。


「我が主はここにはいない。バカ正直に与えられた場所で眠るわけがないだろう」


 オレはガチャッと隣の部屋からそうセオドアに言われて出てくる。護衛用の小さい部屋から出てきたオレに驚く人々。


「余興で部屋を交換していた。おかげで、おもしろいものが見れた。こんな茶番はたくさんだとユクドールの王に伝えろ」


 いいな!?とオレは言い、腰に帯剣していた銀色の剣を抜いた。ヒュッと上から下へ振り下ろした。眼の前のテーブルが綺麗な断面と共に二つに割れた。


 息を呑む周囲の人々。


「オレは退屈が嫌いだ。こんな回りくどい策を弄してくるなど面白くない」


 シンシアがベッドから飛び降りて、慌ててドアの向こうへ行った。オレの怒りのまなざしに他の人々も慌てて、頭を伏せる。


「明日の朝、陛下が会わねばこちらから出向こう。同じ城にいるのに見舞いの一つもしないやつだと言われたくはないからな」


 かしこまりましたっ!とバタバタと去っていく。セオドアがお見事ですと誰もいなくなってから言う。


「こんな手を使ってくると思っていたんですか?」


「やけにシンシアを近づけてくるから、そういう手できたかと思っていた。男なら誰しも美人に弱いだろ?ちょっとセオドアもドキッとしただろ?」


 オレの代わりにベッドに寝ていたセオドアをニヤッと笑ってからかう。セオドアが敵陣にいて、緊張感あるのに、それはないですと言う。エリックがこの場にいたら同意してくれそうなんだけどなと肩をすくめる。


「ウィルバート様、明日の朝、ユクドールの王は会うでしょうか?」


「会わざるを得ないだろうな。オレが怒っていると伝えたはずだ。それに……相手がしてきている、この時間稼ぎは嫌な予感がする」


 時間を稼いで何をするつもりだ?オレにこんな手が通用すると思っていないと……思いたいな。相手はなんのために時間を必要としている?

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