地位によって捨てるもの

 その日は小さな町で祭りが行われていて、露天商も多くいた。


 小さなリアンは嬉しそうにカリッと焼けたお菓子の袋とキラキラとした赤色の飴を片手に私塾へやってきた。


「遅刻するところだったわ!」


 危ない危ない!と笑う。


「リアン、祭りに行っていた?」


「そうよ。ウィルは行ってないの?時間なかったの?」


 焼き立てのお菓子の良い匂いがしてくる。


「あ、うん……」


 そんな場に行くことは許されないだろう。リアンがダメよ!と立ち上がりオレの手をとる。


「今日はサボりましょ!師匠も多目に見てくれるわよ。だって祭だもの!」


 オレがえっ……!?と言っている間にもリアンは手を引っ張って行く。小さい手だがその勢いに圧される。


 町には小さな露店が出ていて、子どもの好きそうな物やジュース、お菓子、焼き立ての串に刺さった肉、揚げた芋など色々あった。


「ウィル、私が奢ってあげるわ。好きなやつなんでも買ってあげる」


「いや、お金はあるから、大丈夫だよ」


「遠慮しないで良いのよ。今日のお祭りのためにお小遣い貯めておいたから、私、お金持ちなのよ」


 小さなリアンは可愛すぎる理屈を言う。オレの身分を知らないリアンは得意げに可愛い猫の財布を見せた。


「どれにする!?あ!この焼き菓子おすすめなの」


 お店の人がポタンと鉄板の上にクリーム色の生地を薄く落とすとジュワと一瞬油の音がし、生地がプクッと膨れてくる。


「膨れてきた!このお菓子、面白いね」


 膨れて、カリカリのお菓子が次から次へと出来上がっていき、冷めた順に紙袋に詰めていく。手早くて見とれてしまう。


「これにする?カリカリで美味しいわよ。プクプク焼きっていう人気のお菓子よ」


 うん……とオレが頷くとお店の人から一袋買い取って、オレにハイッと手渡してくれる。


「えっ……ほんとに?僕に?あ、ありがとう」


 こんなふうに人に物を買ってもらうなんて生まれて初めてだった。


 カリッと香ばしくて甘い焼き菓子を行儀が悪いけど歩きながら食べた。こんなことも初めてだった。リアンといると世界が広がるなぁとチラッと横を見るとエメラルド色の目と合ってしまう。ニコッと笑うリアンがとても可愛かった。


「楽しい?ウィルは楽しい?」


「うん。楽しいよ。こんなこと初めてだ」


「そう。それなら良かった!私も誘ったかいがあるわ」


 他にもいろいろな店を回る。手のひらサイズの木彫りの動物が置かれているお店に気づいて足を止める。


「ウィル、どうしたの?あっ!可愛いわね」


「小さな木をこんなに細かく彫れるんだなぁ」


「買う?買っちゃう?私はこの………獅子にする」


 ………なんか凶暴そうに口をグワッとあけてる獅子を選ぶリアン。ほんとにそれ!?コワ可愛い〜と変なことを言ってる。


「じゃあ僕はウサギかなぁ」


「………可愛すぎるわね」


「いや、普通はこういうのを選ばないかな?」


 そうー?と首を傾げるリアン。


 楽しい時間はあっという間で、城へ帰る時間になる。


「おかえりなさいませ。ウィルバート殿下」


 ああ……とオレは返事をし、服を着替える。


「陛下がお呼びでしたよ」


「今、行くと伝えてくれ」


 かしこまりましたと言って使用人たちが動き出す。帰ってきて早々、夢から目を覚ませと言わんばかりだなと嘆息した。


 オレは父の話はすぐに終わって部屋に帰ってきた。いつも通りの話で、大事な国のことではない。他愛ない話だった。父はあまり政治が好きではなく、その殆どを臣下に任している。それで、好き勝手やってるやつらも多くいる。そのことが気になるが、今のオレにはどうしようもない。


 なんだか疲れたなと座ろうとしたが、ふと……テーブルに置いた木彫りのウサギを袋から出そうと思って気づく。


 あれ?ここに置かなかっただろうか?机の上をいくら捜しても見当たらない。


「ここにあった袋を知らないか?」


 メイド達に尋ねると、にっこり笑う。


「袋とは……あのゴミの袋でしょうか?」


「汚かったので、捨てておきましたよ」


 ゴミ?捨てた?オレは目を見開く。


「なぜそんな……っ!」


 勝手なことをするな!と怒鳴りたかったが、言葉を飲み込む。メイド達は理解できなかったようで、笑顔のままだった。悪いことをしたとは思っていない。一人のメイドが首を傾げて言う。


「大事な物でしょうか?拾ってきましょうか?」


 大事な……物だった。だけどそういうことなんだ。外にいるウィルはこの城には入れない。持ち込めない。木彫りのウサギはそれを教えてくれている。


「いや、いい。なんでもない。下がってくれ」


 メイド達が頭を下げて出て行った。部屋の天井を仰ぐ。ぎゅっと目を瞑る。


 ゴミか……ああやってウィルの自分を捨てなきゃいけない日がいつかやってくる。リアンとの楽しかった祭りの余韻は消え去り、残ったのはウィルバートの自分。誰もいなくなった部屋で1人静かに感情を抑えた。ここでウィルは生きていけないのだと自分に言い聞かせる。


 あれから何年たっただろう?離縁する!と言ってしまい、リアンと喧嘩して三日三晩眠れなかったオレはリアンの家まで迎えに行った。その時、リアンの自室にはあの変な獅子が飾ってあった。


 目が覚めたオレがそれに気づいて手にとるとリアンが笑った。


「懐かしいでしょ?コワ可愛い~でしょ?」


 そうリアンは、あの頃と変わらない口調で言った。うんと俺は頷いた。


「その変な獅子、ウィルに似てるなぁって思って買ったのよ」


「は!?オレに!?」


 フフフッと可笑しそうに笑う彼女はやっぱり最強だと思う。こんな一瞬でオレを幸せな気持ちにしてくれる。オレの中のウィルが『ちゃんといるよ』と呟くのだった。

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