26話 5月18日

 5月18日


 私は目が完全に覚醒していない状態で2階にある会議室に入った。

 会議室に入ると璃子さんは優雅に紅茶を飲み、クロは安定のメイド服で給仕している。

 見慣れた光景をよそに朝食が置かれている机に向かった。テレビが垂れ流しされており、

 朝から、そこそこ暗いニュースを聞こえてきた。


「次のニュースです。昨夜、都内で発生した強盗事件について......」


 どうやら、ここ数日、同一犯に及ぶ連続強盗事件が多発しているらしい。

 狙われているのは、被害者がお金持ちの女性、それも全身ブランド物に身を包んでいる人達。

 盗まれたのはどれも手や腕に付けていた宝石入りの指輪や高価なブレスレット。

 被害者全員、いつの間にか消えていたらしいと口を揃えて供述している。



 璃子さんがこのニュースを聞きながらため息まじりで発した。

「他人の物を盗むことに何の意味があるのかしら、はぁ〜〜」


「璃子さんそれ、私達が言いますか?」


「うん? 私達の活動は盗みじゃないわ。ソドールは元々誰の物ではないわーーあえて、誰の物って決めるなら、あの中に宿っている魂ーー灯のクラスメイトの子達のモノかな」


 ソドールは私の元クラスメイト30人が人体実験で悪魔因子を注入され、暴走し、そして成れの果てに人形として封じ込められたモノ。

 クロ達悪魔は歳月をかければ、見た目を自由に変えられる。クロが時々、私と同い年ぐらいの年齢になったり、今の様に大人な女性に変身することも可能。

 クロの部下だった7体の悪魔は、クロ達がいた魔界から脱走し、私達が暮らしている人間界にきた。全員かわからないが、人間界で暗躍している組織と協力し人間を人間以上の究極な存在にすることの目的とし、31人の少年少女に人体実験を行った。


 本来人間の手では実現不可能とも呼べる実験だったが、悪魔の因子を注入することで体内で細胞分裂作用が起こり、異形の怪人ソドールが誕生した。実験の過程で悪魔が持つ永遠に等しい命と地球上で生息している動植物の遺伝子を配合すればどうなるのかという実験が行われた。

 実験は一応、成功し私以外の30人は2体ずつソドールを誕生させた。その瞬間から元の人間に戻ることはできなくなった。しかし、子どもだったことも相まって身体が力について来れなくなり蒸発し全て人形になってしまった。

 そして、今から約半年後、クロと巌(いわお)さん達、協力者のおかげで残っていた私は辛くも脱出することができた。同時に人形となったソドールが半数以上の逃げた。

 人形になっても中では今でも生きている。




 そして、現在。

 ソドールになって悪事を働いている人達がいる。今の自分にあった力が貰えると都市伝説までになった。しかし、ソドールと化している間は一応、意思の疎通は可能だが、段々力に飲み込まれ完全に自我を失われ周りの人を襲い始める。


 そこで私が怪盗となってソドールの成分を回収している。特別に改造された注射器をソドールに刺すことで成分を抜き元の人間に戻す。しかし、元の姿に戻った場合、代償として変身後の記憶は喪失している。今の所、後遺症によってすべての記憶を喪失してしまった人はいない。

 ここで注意しないといけないのがソドール人形の中には悪魔因子が残っており現代で生きている人は実験で隔離されていた30人より豊富な知識、文明の利器を知っている。それらが融合し動植物と機械などの無機物がごちゃ混ぜした姿が誕生してしまった。


「まぁ、唯の強盗事件みたいだし私達が気にする必要はないわね」

 朝食を終えて実験室に向かう璃子さんがこちらを見て机に何かを置いた。


「灯、これ終わったから......」

 置かれたのは先日、林間学習で黄色悪魔のカサンドラから奪ったソドールマガジンと変態野郎の成分の2つだった。

 No.14【ライオン】白黄色

 No.37【マント】黄緑青色


「街中でソドールに出会でくわしたらたらそいつらを使ってね、データが欲しいから」


 そう言って、璃子さんは実験室に向かってしまった。

 ここ数日は何かに没頭しているらしい。私が手に入れた黄色悪魔のカサンドラの成分の一部(注射器の中に入る分)を抜いてそれを璃子さんに預けた。

 そこから私達と食事する以外はずっと実験室に籠っている。元々、滅多なこと以外では、この家以外は出歩かない璃子さん。


「灯!! いつまで食べてるの、また地獄を味わうわよ」


 そう言ったのは先ほどまでメイド服で給仕をしていたクロだった。


 現在、クロは私が通っている木ッ菩魅烏高校の養護教諭として私を陰ながらサポートしている。人生経験が豊富なため私達、思春期の学生に対して的確なアドバイスとしてくれて生徒だけではなく教師達にも人気だ。そんな、クロだけど一番にサポートをしているのが私。理由はクロの部下の7体の悪魔が人間界にきてしまったために多くの人を不幸にしてしまった。その罪悪感からか唯一残った私を誰より献身的にしてくれた。私生活でも怪盗活動を行う前でも被害者達やソドールになったターゲットの人よりも私を優先してくれている。私の精神は非常に不安定でちょっとの焦りや怒りで取り乱してしまうため、クロの気遣いは嬉しい。まぁ、若干、度が過ぎている場面もちらほらあったが、スルーしている。


 あと10分で家を出ないとまた満員電車の悪夢が蘇ってしまうと思い、急いで支度し家を出た。


 人の人生は短い。


 今こうして何気になく呼吸する間も時間は刻一刻と過ぎていく。初めは学校に行かずソドールの成分を集めるだけの人生でもよかった。ちょっと前まで、教室、学園の中がなぜか私を、周り人達が羨望な眼差しを向けていたり、私が声を出せば騒がしい教室に変貌する。


 私は自分でもわかっているが平均の中の平均だと自負していた。学園で習う、国語や数学などのあらゆる分野も平均80点ぐらい。クロや璃子さんのおかげで何とか効率よく勉強してきて何とか維持している状態。ここが限界。自分には才能がないと常々、自分に言い聞かせている。目立った欠点もあまりなく、すごい能力も持ち合わせていない。顔面偏差値も普通の女の子。


 ーーそして私は存在感が薄いこと。


 だから、私が声を発するとみんな驚いた表情を浮かばせる。きっとそうに違いない!!


 などと思っていた数ヶ月だったが、初めて友達と呼べる存在になった橋間はしますず。

 私はすずちゃんって呼んでいる。


 そんな話をしていると、すずちゃんから聞かされた内容は私が想像していた以上のことだった。


 曰く、突然学園に舞い降りた天使。

 曰く、その声は鈴のように美しく。

 曰く、容姿だけではなく勉強にスポーツと何でもこなす超人。


 などと学園に通っている生徒にはそう認知されていたらしい。

 それを聞いてしばらく茹で蛸のように顔を真っ赤に染めていたのは今ではいい思い出の1つ。


「ふぁ〜 おはようー、灯ちゃん」


「おはよう。ずいぶん眠そうだね、綾ちゃん」


「昨日、家に帰って少しずつ勉強してたの。今まで、こんなに真面目に勉強したから変に身体が強張っている感じ」


「今日、どうする?」


「やる!! 絶対に成功させないと私の今度の人生が......」


「わかった。乗りかかった船だもん。最後まで面倒見るよ」


「ありがとう。灯ちゃん!! それはそうと、本当に行っても良いの家に?」


「うん。許可が降りたの。それに家には私の勉強を教えた人が居るから私以上に効率的に勉強が捗ると思うの」


「でも、もう1人も呼ぶんだけど大丈夫? うん? 誰?」


「すずちゃん、いや橋間すずさん」


「橋間......あぁ、あの新聞部の子ね。確か、隣の5組の子だよね!! もちろん、OKだよ。しかも、橋間さんって確か成績上位のはず。3人もできる人がいれば何とかなるぞ」

 天井に向かって拳を上げた綾ちゃんだった。


 放課後。今日も今日とて特別なことが起こる気配もなかった学園生活だった。

 強いて言えば、昼休みに私と綾ちゃん、すずちゃんの3人で昼食を食べた事ぐらい。


 3人でたわいも無い会話をしていると私の家に到着した。

 2階の会議室で勉強会が行われた。

 入るとそこにはメイド服を着ていたクロが迎えてくれた。


「いらっしゃいませ!! お待ちしておりました」

 銀髪のモデルのような長身のメイドが礼儀正しく傅いた。

「お初にお目にかかります、この家ででメイドとして働いておりますーーーーヴィオラと申します」


「本物のメイドさんだ。なんか謎の感動がきた......」


「やっぱり、灯はお嬢様説は本当だった......記事にしていい? 灯!!」


「お嬢様なんて......全然、違うよ。私はどこにでもいる普通の女の子だよ」


「ク.........ヴィオラさんはここの家主の天織璃子(あまおりりこ)さんのメイドだよ」


「璃子さんってお母さんとかじゃないの」


「親戚の叔母さんだよ」

【おば】という単語にひっかかかったのか隠し扉からくるはずのない冷気がきた気がした。


「し......親戚のおねいさんだよ!!」


 2人は会議室を物珍しいそうに見ていた。


「なんか、凄い......」


「本当だね、この部屋まるでどっかの大企業の社長室みたいな感じだし......」

 私には見慣れていても2人には驚愕の一言だった。


 私とクロがこの部屋を初めて見た時はそれも無惨な状態だった。

 床には本や何かの資料が散乱しておりテーブルにはゴミや食べかけのものがそのまま置いてあったりなど薄汚れていた状態だった。


 クロのおかげで壁も床も、天井すらもピカピカに磨かれ、ホコリひとつ見当たらない。金属類は全て磨き上げられ、誂えたばかりのようだ。部屋にあった調度品などもこれを機に一斉に入れ替えを行っていた。

 席に着いた私達にクロはお茶を持ってきた。


「橋間様、鈴木様、お茶のご用意ができました」


「なんて芳醇な香りなの......確かに、味もとても美味しいしなんて爽やかな口当たり」


「灯ちゃんは、こんな良いモノを毎日飲んでるの?」


「それは市販で売られているものだよ。なんか、入れ方次第で味が変わるんだって......それに......」


「私、紅茶の飲めなくて、いつもは......」


「灯様にはこちらを召し上がっております」

 私の前に置かれたのはコーヒー。それもブラックコーヒー。

 そうにも、ミルクや砂糖が入ったコーヒーに苦手意識が芽生え、ブラック一筋になった。


 今回出されたのは【ブルーマウンテン】

 ブルーマウンテンは、栽培地である山の名前で、厳しい基準をクリアした高品質豆に与えられる豊かな香りと柔らかいコクを持っている。

 って言っているけど、紅茶と同じで普通に市販されているやつ。




「ねぇ、ヴィ、ヴィオラさん......」


「はい、何でございましょうお嬢様」


「この前、頼んだことやってくれますか......」


「えぇ、私でよろしければいつでも勉強を見てあげますよ」


「それじゃあ、お願い致します......」


「ねぇ、灯ちゃんなんでそんな畏まった感じで話すの?」


「ごめん、言い忘れたんだけど......ヴィオラさんの勉強は効率的なんだけどーースパルタで厳しいの......」


「「えっ!?」」


「それでは皆様、用意はよろしいですか」

 にっこりとした顔の背後に凄い気迫を感じた、3人だった......。





 そこから数時間が経ち、私達は意気消沈していた。

「ここまでとは、正直侮っていたわ......」


「すずちゃんは良いじゃない。私なんて、私なんて......」


「大丈夫だよ、これを毎日やれば1位も夢だよ、綾ちゃん!!」


「私......赤点さえ回避できれば良かったのに......」


「皆様、休憩は終わりです。それでは続きを......もうこんな時間でしたか」

 備え付けられている時計と見るといつの間にか7時を回っていた。勉強を始めて2時間弱、短いようで長い勉強時間だった。


「それでは、続きはまた明日にでも」



 すずちゃんと綾ちゃんは身支度を整え、帰宅した。


 ーーーー帰り際。

「まさか、あんなにスパルタだったなんて......もしかしたら、今回の中間テスト、過去最高点かもしれない」


「私は全教科、赤点回避だけが目標だったのに、あれを受けた以上、それに見合った成績を出さないとメイドさんの制裁がきそう......」


「まぁ、でも......」


「「楽しかったから良いか!!」」


 そんな会話をしながら2人は帰った。




「ねぇ、クロ......初日から飛ばし過ぎない。私、ガリ勉にはなりたくないんだけど......」


「知識はあって損はないと思うけど」


「いつか、戦闘にも役に立つ時がくるかもしれないよ。さぁ、ご飯の支度しなくては」


「手伝うよ!!」



「いや......灯がやると......ねぇ〜 黄華なら良いけど......」


「酷くない、それ!?」

 結果、作らせてくれなかった。

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