世界が終わる三分前『友情』編

大田博斗

002

 とある河川敷の橋の下。そこは幼馴染のやつとよく遊んだ場所だった。


 もう24歳。昔すぎる記憶が懐かしい。


 メガネをかけた男は、芝生の上に座り、上を見上げながら思い出に浸っていた。


 世界が終わる3分前。そこでもう一度、あいつと会おうと決めた。


「すげぇな、車がほとんど通らねぇ」


 メガネをかけた男はその声で我にかえり、立ち上がった。


 夕日を背に歩いてきたのは、スーツ姿の裸眼の男。橋の下から上を見上げながらそう言った。


「遅い、もう世界が滅んじゃうじゃん」


 メガネ男は言った。


「最期に会えたんだから、いいだろ?おれもお前も、お互いを最期の人に選んだんだからさ」


 2人は近づくと笑顔でグータッチをした。そして、河川敷の芝生の上に並んで座った。


「高校以来だな、もう6年も経つか」


 裸眼の男から話が始まった。


「そうだな。久しぶりなはずなのに、全然変わってないな」


 メガネ男は笑った。


「そっちもだよ」


 裸眼の男も笑っていた。


 

 


「……そっちもスーツか」


 裸眼男は言った。


「あぁ、そうだよ。最期の日くらい休めって会社から言われたけど、とくにすることないからスーツ着て仕事してたんだ」



「滅ぶからやってもやらなくても同じだけどな。まぁおれもそんな感じだよ。だからスーツだ」


 2人は今日も仕事をしていたのだ。


「昔は車が多くて、あんなにうるさかった橋の下がこんなにも静かだと気色が悪いな。世界の終わりみたいだ」


 裸眼男は言った。


「なに言ってんだよ。本当に今日世界が終わるんだよ。空見ろよ」


 メガネ男がそう言って、2人は空を見上げた。空にはヒビが入り、隙間からは黒い光の束が溢れている。


「みんな最期の時を過ごしているんだな……」


 メガネ男は付け加えて言った。


 しばらく、沈黙が流れた。オレンジに染まり、ひび割れた空をただ見上げた。


 風が気持ち良く吹いている。


「僕たちって、どうして友達になったのかな?」


 メガネ男が訊く。


「しらねぇよ。生まれた時から一緒だったし、そりゃなるしかねぇだろ」


 裸眼の男は笑って言った。


「やっぱり、僕たちは運命だったのかもなー。結局生きているうちに会える人間なんて限られてるし、その中で最初に出逢って友達になったやつと、こうして最期の時を迎えようとしていると思うと、変な感じがするな」


 メガネ男は恥ずかしそうに言う。


「どうした?頭おかしくなったか?」


 裸眼の男はふざけて言った。


「死ぬと分かったら、そりゃ頭もおかしくなるさ」


 メガネ男は真面目な顔をして言う。


「なんだよそれ。


 まぁおれたちが友達になったのはさ、友達にだなーってお互いが思えたからだよ、きっと。


 一緒にいて楽しいし、笑い合うし、喧嘩してもすぐ仲直りできるし。そういう積み重ねが、今こうしてもう一度2人を会わせたんだと思うぜ」


 裸眼男は微笑んで言う。


「そうだな」と、メガネ男も笑って言った。





「死ぬと、どうなるかな?」


 メガネ男はまた訊いた。


「……怖ぇか?死ぬのが」


 裸眼の男の問いかけに、メガネ男は静かに首を縦に振った。それを見た裸眼の男は、しばらく黙っていた。


 その後、口を開いた。




「……死んだ先は誰も分からない。でも、は大丈夫だ。だって死ぬのはこの地球にいる何十億という人たち全員だぜ?どんなことがあってもこの人数の中間がいれば、心強いじゃねえか!」


 裸眼の男はそう言った。だが、メガネ男の顔は暗いままだ。


「……確かに、死ぬのは怖いし嫌だよ。こんな終わり方するなんて尚更だ。


 でもよ、世界の人間なんか見るな。おれが、一緒だ。そうだろ?」


 裸眼の男は言った。メガネ男は、裸眼の男の目を見る。


「死んでも、おれたちは友達だ。それはなにも変わらない。もしもあっち側にあの世があるのだとしたら、そこでもう一度会って友達になろう!きっとあの世でも、おれたちなら楽しく生きていける


 おれはそう信じてるぜ、親友」


 裸眼の男は笑った。


「……そうだな」


 メガネ男は溢れそうな涙をこらえて言った。


 裸眼の男は拳を突き出した。それを見たメガネ男は、静かに拳を合わせる。


 裸眼の男は顔を顰めた。


 裸眼の男はもう片方の手で、メガネ男の拳を奪った。そして、もう一度、強くお互いの拳をぶつけた。


 メガネ男と裸眼の男は互いの目を見た。2人は大きく微笑んだ。


 2人はまた、大きな空を一緒に見上げた。


 拳には、まだお互いの拳をぶつけた余韻が残っていた。


 もうすぐ、3分が経とうとしている。

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