恋人の墓で

さっしゅ

恋人の墓の前で


今日は恋人の命日。雨の中、白と紫のアネモネの花束を持って亡き恋人の墓へ行くところだ。こんな天気だからか、それとも墓への道だからか人とはまったくすれ違わない。たくさん落ちいている赤いスグリの実を踏みつぶしながら、砂利道を足早に進んでいく。恋人の墓の前へ着くと、たくさんの仏花が供えられていた。花はまだ新しく、新しく花を供える場所もなかったから僕の持ってきたものは行き場をなくした。仕方なく、一輪だけ挿して他は持って帰ることにした。余った花束を墓の横に置き、しゃがみこんで彼女に話しかける。




君を失ってから、いったいどれくらい経っただろうか。あの日から私のすべてが変わってしまった。景色、感情、味覚でさえも。君がいた頃とは比べものにならない程くすんでしまった。失って初めて私にとってこんなに大切だったと気が付いたんだ。君を失いたくなかった、失いたくなかったよ・・・。もうどうしようもないとは分かってはいるが、自分の気持ちに整理がつかないんだ。失う前に気が付けばよかった、本当に僕は馬鹿だ。


涙で視界が歪み、眉間をおさえる。


・・・君の後追いをしようとしたけど、親友に止められたよ。必死に止めてくれてさ、あいつには悪いことをしたな。ああ、そうだ。君には報告がまだだったね、あいつ、君の妹と結婚したんだよ。結婚式に参列した人数は少なかったけど、とても良い式だったよ。妹さんもあいつも家族がいないから、今度こそ幸せになるんだって言っていた。君にとっては喜ばしいことじゃないかもしれないけどさ。妹さんの結婚に最後の最期まで反対していたよね、あいつは信用できないとかって。でもそれなりに幸せそうだから、大丈夫なんじゃないかと思うよ。来年あたりに子どもが生まれるそうだから、ここへ報告に来るんじゃないかな。・・・話を戻すけど、あいつは新婚で幸せだからか、陰気な僕に呆れているんだよ。寂しい、辛いって言っていたらこう言われたよ。


「あいつが死んでから、もう一年が経った。俺も人のことは言えないが、自業自得だろ。」


本当にお気楽なものだ。僕の悩みや苦しさなんて、あいつにとってはどうでもいいんだ。分かるはずもないんだ、この・・・なんて言ったらいいのか。心の穴、とでもいえばいいのかな。元気づけようとして、レストランや観劇に連れて行ってくれたり、新しくいい人を紹介してくれようともした。だけど、いつまで経っても満たされるわけがないんだ。ぽっかり空いたところから全部ながれだしていく。僕はここの満たし方を知らない。このどうしようもないくらいの虚しさをなくす方法も。憂うつそうにしていると、あいつは、まぁいい顔はしなかった。


「あいつのどこが恋しいんだよ。・・・忘れてるかもしれないけど、あいつはお前を裏切ったんだぞ。」


忘れてなんかいないさ。今でも覚えている。君の裏切りを知った当時は、本当に許せなくて許せなくて毎晩泣いていたよ。嫉妬とか怒りとか、色々な感情が渦巻いていた。相手の方にも会いに行った。ふざけたことをいうから数発殴っちゃったけどね。あいつに止めに入ってもらわなかったら、危ないところだった。その後であいつに


「一応ついてきてくれっていうから来たけど、あそこまで感情的になったお前を見るのは初めてだったよ。お前は彼女に何も言いに行かないから、こんなことをするなんて思ってもみなかった。」


なんて言われたよ。自分ではそこまで感情的になったつもりではなかったんだけどね。なんでも僕は本当に怒ると無表情になるらしくて、その時も怖いくらい表情がなかったらしいんだ。よくそんなところまで見てるなってあいつには感心したよ。その調子で君のところにも文句を言いに行けとも言われてた。そう、あの日の夜に君に会いに行ったのはあいつがけしかけたからでもあるんだ。


「お前が会いに行ったことは誰にも言わないでおいてやるから。」


悪い顔でそう言うんだ。


僕はいま苦しんでいるけど、全部自業自得だってことは、分かっているよ。僕を許してくれ。ごめん、ごめんな・・・。

 ああ、時間を戻したい。・・・君を手に掛けるんじゃなかった。


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