第31話 変身魔法

 すっかり機嫌が悪くなったツバサはレストランを後にして、サークル帝国の城へと向かっていった。何もやることが無かったベティはツバサが暴走しないか心配になり慌ててついて行くことにした。


 「くっそイライラするなぁ。さっきから調子が悪いぞ。レイナ・ボワーこそまさに疫病神だな、本当に!」

 「イライラしてるのは分かるけど、サークルの城へ何しに行くの?そんなイライラして女帝になんか会ったら、何かやらかすかもよ」

 「アルルがあんな女に育ったのはお前のせいだってリアおばさんに言ってやるんだ」

 「ツバサもやることがガキね。真面目に牢獄行きよ貴方」


  城に着くと、あいにくリアは留守だった。ツバサはふくれっ面をして城の資料室に勝手に入った。使用人の目を盗んで、ベティも資料室へ侵入した。

  城の資料室は広く、天井もとても高かった。資料室は2階分あって、綺麗に整頓されている。ベティはあまりの本の多さにゆっくりと息をついた。ふと本棚と本棚の間を見ると、ツバサが感心しきったような顔で棚を見上げていた。整っている横顔。黙っていれば文句無しの美青年なのに。ベティは自然とため息をついてしまい、すぐにツバサが怪しむように目を細めてこちらを見てくる。


 「何か俺に言いたい事があるのかベティ」

 「何にも?」

 「そう……逆に俺は言いたいことあんだけど」

 「何?」

 「ここ、今誰も居ないよな」

 「うーん、多分ね」

「こんな状態だったら1冊くらい持ち出してもバレないんじゃ―」

 「居るんだけど、ここに1名」


  資料室のどこかから1人、少女の声がした。その声は聞き覚えがあった。本棚を抜けて、開けた場所に出ると長テーブルと椅子がたくさん置かれていた。そこに声の主は座っていた。彼女の近くには本が山積みにされていた。どうやら勉強中のようだ。


 「しかも、ツバサ達がいた所の本棚は呪術の棚だし。縁起悪いよ」

 「呪術……」

 「もしかしてどこにどんな本があるとか、全部覚えているのか?!リッチェル」

 「全部までは覚えていないけど。大体のジャンルの場所はね。リアさんに教え込まれたから」


  リッチェルは少し得意げだった。魔力を持たないリッチェルは、ただのアース人だと学校でも馬鹿にされがちだった(学校の生徒はリッチェルが皇女だということを知らない)。


 「リッチェルって魔法士なんだろ?しかも優秀な」

 「まだ1級魔法士にはなってなくて……今その勉強してるところよ」

 「何か魔法教えてよ、誰でも簡単にできるやつ!」

 「うーん、一番簡単なのは雲系の魔法かな。ベティにかけてみるね。しらす雲!!」


  緑色の光がベティにかけられ、ベティの足は宙に浮いた。ふわふわと身体が宙に浮いて、ベティは階段を使わずに資料室の2階まで上った。


 「凄い!でも何でしらす雲?」

 「魔法はそこが難しいのよ。全然関連性がないの……入道雲!」


  またもやベティに緑色の光がかかって、また宙に浮いた。しかし今度はその身体がぐるぐると回転し始め、ビリビリと微かに雷の音がした。


 「おおっちょっとチクチクする!」

 「ベティは雷術士だから、かゆいぐらいだと思うけど。それ以外の魔術士にかけると結構ダメージを受けるのよ。まあ、雲系の魔法は風術士には殆ど効かないけどね」

 「……何かこれと言った感じないな」

 「悪かったわね」


  ベティがまた戻ってくると、リッチェルは近くに置いてあった本の1冊を開いた。それは魔法に関連する本だった。ツバサも別の本を手に取ってパラパラと見る。


 「何か面白いやつ無いかなー。お金が出てくるとか、そういう魔法無いの?」

 「そんなものがあったとしても魔法を維持し続けるのは大変よ。魔法は魔術と違うんだから。ずっとイメージし続けておかないと、簡単に解けちゃうんだよ。それにイメージした分体力も消費する。なかなか奥が深いんだから」

 「……この人ね、今機嫌悪いの。レイナがうちに働きに来てから何かとタイミングが悪いことばかり起きてね」


  ベティがひそひそとリッチェルに耳打ちすると、リッチェルは気の毒そうな顔をしてうなずいた。するとベティは自分で言った言葉にはっとした。


 「ねえツバサ。レイナに1回くらいレンとちゃんと会わせてあげたら?」

 「レンが逃避行から帰ってきた時に会ってるじゃんか」

 「あんなのニアミスみたいなもんじゃない。ちゃんと紹介してあげるの。それで振られたらレイナだって大人しくなるし、私達だって良い気味じゃない」

 「随分残酷なこと考えたんだな……あっそうだ。俺、面白いこと思いついちゃった!」


  ツバサは声を上げて、魔法の本のページを急いでめくる。彼が目に留めたページに記されていたのは変身の魔法だった。ツバサが考えたのは、誰かがレンの姿に変身してレイナと会うことだ。その誰かとレイナは結ばれるが、実はレンでは無かったという恐怖のオチありだ。ベティはページを覗き込んで顔をしかめた。


 「……そんなこと考えて、またアルルに怒られるわよ」

 「でもその誰かって誰がやるの?だってレイナと結ばれるんでしょ、一度は。ツバサがやるの?」


  俺がやるかよ、とツバサは女子2人に慌てて反抗した。よく考えてみればレンに化ける男が居ない。するとリッチェルが口を挟んだ。


 「もしもよ、そんな場面をアルルが見たりなんかしたらまた大騒ぎじゃないの?」

 「じゃあレイナもアルルに変身してもらうとかは?」

 「……マジで?」



 その翌日、ツバサはまたベティのレストランに訪れた。またあんたか、と言いたそうな顔をしているレイナがあいかわらず働いていた。


 「レイナレイナー」

 「何よ。今仕事中なんだけど」

 「レンのタイプを教えてあげる」


  レイナはすぐにその言葉に反応して、ツバサの声が聞こえるように少し屈んだ。ツバサはレイナの耳元でささやいた。一生懸命笑いたくなるのを堪えて。


 「赤い髪で、青い目で、背がレイナより小さくて、胸がレイナより大きい女の子」

 「……それってアルルのことじゃ……って最後のやつ何?!あんたどこ見てんの!!」


  顔を赤くして胸を隠したレイナを見ても何とも思わないことが不思議に思った。色気が無いとは正しくこのことなのかもしれない。実際の胸の大きさは何も知らなかった。


 「大きさに関しては自分の胸に聞いてみな。これは俺からの助け舟だ。ここに書かれた通りに魔法をかけてみな」


  ローブのポケットからメモを取り出してレイナに差し出した。不審そうな顔をしてレイナは受け取り、そのメモをその場で開いた。途端に驚いた顔になる。


 「何これ。本当に協力してくれるの?てか、良いの私こんなことして」

 「俺は助け舟を出しただけだからね。誰に何を言われようが、本当に俺は関係ないから」


  そこに書かれていたのは変身の魔法の手順だった。レイナは完璧にアルルに変身をしてレンに近づく。その後、レイナは機嫌良さげに鼻歌を歌いながら仕事に励んでいた。

  機嫌が良いのはツバサも同じだった。しかし、ほんの悪戯から始まったものがまさかあんな事態に繋がるとは、誰も予想していなかった。

  ツバサはレンに変身してくれる人を探しに学校の中をうろうろと歩き回った。学校がある日に、特にレイナのことを尾行しながら探した。

  すると、とある1人の男子がいつも目に入ってくることに気付いた。その男子はぼうっとレイナの後を追いかけて見つめていた。青いキャップを深く被っているが、緩んでいる口元は隠しきれていない。

  話しかけるべきかとツバサは躊躇ったが、その迷いはすぐに消えた。何故なら相手からこちらへやって来たのだ。


 「君も、君も、もしやレイナさんのファンかい?」

 「ファンって言うかその……君はファンのようだね」

 「ああ、そうさ。この間の魔術バトル、君も観に行ったかい?ベティ・アケロイドとレイナさんが戦ったやつだよ。僕はもちろんレイナさんの所へ行ったんだけどね。あの時レイナさんは負けてしまったけど、潔くて良かったね。ベティって人が所属しているチームオセロのメンバーが、その後注目されたじゃん?チームメンバーのレンという魔術士のことをレイナさんは気に入っているようでね。なかなか僕も思うところがあるけどさ。そのレンって人も観察してたら、アルルって赤髪の女子と仲良くて、可哀想にレイナさんは叶わぬ恋をしているんだよ。僕はレイナさんのファンだから、レイナさんには幸せになってもらいたいんだ別に僕がレイナさんを恋人にしたいわけじゃあないよ幸せになって欲しいだけ。だからレンって奴にレイナさんにちょっと気づいてって言おうと思ったんだ。でもオセロって何考えているか分からなくて僕何だか怖くてさ頭もおかしそうだし君もそう思わないかい?あのチームのこと」

 「はいはいわかったわかった。ていうか、俺はそのチームに居るんだけ……まあ良いや」


  こんなに熱狂的なレイナのファンが簡単に見つかるなんて!つくづく自分は運がむいてきているのかもしれない、なんて思ってしまうのだった。ツバサは男子の肩に腕を回してその見えない顔の前にメモを差し出した。


 「そうは言ってもやっぱり、レイナと1発やりたいとか思ったことない?」

 「そ、そんなこと……夢では何回も見たよ、ツバサ君」

 「俺の名前知ってんのか!!」

 「だって君、オセロのメンバーじゃないか。知ってるよ当たり前だろ」

 「な、お前さっき……何でもない。とりあえずその紙を見てみて。レイナは確かにレンに惚れてるらしい……だから、あいつはレンの彼女のアルルに化けている。そこで、だ。お前もレンに化けるんだよ。そしたらどうなる?ウィンウィンってやつだろ?」

 「ど、どど、どうしてそんな悪知恵が君は思いつくんだい?尊敬するよ!!」

 「あーどうも。あの女には1回ギャフンと言わせてやりたいんだ」

 「また小説みたいな言葉のチョイスだね……これは、ツバサ君にとっても得する事なんだね!だったら……はぁ……夢のようだけど……やってみるよ、この魔法!……これ、僕の気持ち!何か美味しいものでも食べな!」


  男子は結局顔を見せないままツバサに何かを持たせて走ってどこかへ行ってしまった。ツバサが手を開くと、そこには札束があった。にやけそうになる口を手で隠して、札束をポケットの中にしまった。

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