6章 要塞

第30話 罰ゲーム

 レイナがベティのレストランで働き始めてようやく5日間が経った。レイナは魔術で掃除を行いながら、カレンダーを見てため息をついた。残り9日間。まだまだ長い。半分も経っていない。

  ここで働くレイナを応援しにやってくる人も、ましてやからかいに来る友達すら来なかった。元から誰も、レイナには興味が無かった。そのことが今回の件を受けてレイナはよく分かった。この仕事が終わった後、何をするか。自分のチームにはあれ以来顔を出していない。というよりも向こうがこちらに会いに来ようとしないのだ。おそらくチームメンバーと仕事を受けることは無理だ。最悪である。本当に最悪の事態だ。

  この間、客の1人に何か良いチームは無いかと尋ねた時、王宮公認の団体チームがあると教えてくれた。だがそこに所属する人はほぼ単独で行動するらしい。単独行動はレイナには向かない。

  そんな時にツバサが来店した。無愛想にいらっしゃいませ、と挨拶をするとツバサは他の店員に一声かけて隅の階段を上っていってしまった。

  少ししてからアルルが来店した。アルルはきょろきょろと見回すと、レイナに尋ねた。


 「あれ?ツバサ来てない?」

 「来てるけど。上でベティちゃんと仲良ししてんじゃないの。待ってれば戻ってくると思うよ。事後でも良いのなら」


  アルルは少し考えた後レイナに飲み物を注文した。レイナは注文されたものをアルルの前に置いた後、絶好のチャンスだと思い、そのままアルルの前の椅子に半分腰かけた。


 「ねえ、今日は彼来ないの?」

 「彼?知り合いの男は結構いるけど誰のことかな?」

 「貴方と一番仲の良い男よ」

 「レンのこと?」

 「そうそうそうそう」


  レイナは身を乗り出すと、辺りを見回してからアルルに小声で尋ねた。アルルもそれに合わせて耳をすませた。


 「レンの好きなものとか教えてくれない?」

 「何でレイナに教えなくちゃいけないの。嫌よ」

 「あんたがレンとできてるってことは私だって知ってるの。それを承知の上で聞いてるのよ。最近流行ってるじゃない。彼氏以外の色んな男性と関わるっていうの」

 「最近そんなの流行ってるの?随分悪趣味ね」

 「悪趣味だって思うのは、アルルがしばらく別世界を留守にしてたからでしょう?」

 「でもその流行、相手の男は別に誰でも良いって感じじゃない?ならツバサでも良いんじゃない?今ちょうど上にいるし」

 「何であんな奴と私が?!死んでもごめんだわ!」


  あまりの剣幕にアルルは思わず後ろへ身を引いた。私はレンが良いの、とレイナはアルルに迫った。


 「お願いよ、アルル。1つだけでいいから。好きな食べ物とか、好きなタイプとか!レン・グレイの好きなこと教えて!ほらほら」

 「レン・グレイ?グレイって名字なの?」

 「え?……アルル、自分の彼氏の名字も知らないの?それってちょっとやばいんじゃない?……ぼうっとしていると私、奪っちゃうよ、レンのこと」

 「ちょっ、ちょっと奪うなんて要素どこから出てきたの?彼氏以外の男性と関わるって流行でしょ。他人の彼氏を奪うって流行じゃないでしょ」

 「うるさいわね、そんな流行あるわけないじゃない!とりあえずいつまでも自分のものだと思わない方が良いわよ。あんたなんかより私の方が力あるんだから!あんたなんかよりも私の方がキスだって夜だって上手いんだから!!」

 「何なのさっきから聞いてればつじつまが合ってないことばかりじゃない!そんな風に言うことやること矛盾している女なんて誰にも振り向いてもらえないよ!」

 「どこに怒ってんのあんたは!!あんたこそつじつま合ってないんじゃないの?!」


  いがみ合い始めた女魔術士2人のせいで、にぎやかだった店内が静かになってしまった。客皆が2人に注目するが、そんなことなど当事者の2人は何も気づかない。店員は止めようにも止められず困り果ててしまった。



  その数十分前。ベティはレイナのおかげで休暇が取れて、自分の部屋で勉強していた。ベティは数学が好きである。地球で開催された数学オリンピックに参加して、上位に入賞したくらいだ。数学の問題を解いている時ほど、脳がリラックスしている時は無い。

  そんなリラックスタイムにいきなり部屋のドアが開いた。


 「入ってくる時くらいノック……ってツバサ?!何でこんな所に」

 「ちゃんと店員さんに声かけて来たよ」

 「まあ何でもいいんだけど……何しに来たの?」

 「ベティが勝った時のご褒美、何もしてないなぁって思って」

「ご褒美って言い方……何か誤解を招くからやめ―」

「さあ目を閉じるのだよベティ!何が出るかな~」


 ベティは少し慌てたが、ぎゅっと目をつぶった。ツバサはローブのポケットに片手を突っ込みごそごそと中身を漁った。

 ツバサの顔が近くに感じる。その手が左頬に触れる。ベティの胸は高鳴った。頬が熱くなる。ふいにツバサはベティの耳に触れた。思わず声が漏れる。


「あっ」

「ちょっ、何」

「え」


 ベティは目を開けてしまった。何故かツバサの頬まで少し赤くなっていた。片手には何か本を持っている。


「へ、変な声出さないでよ、ベティ!びっくりするだろ!」

「あー!数学パズルの最新号!欲しかったやつだ!」


 自分でも驚くくらいわざとらしい大きな声が出た。当たり前だろう、とまたわざとらしく得意げにツバサは言って本を渡す。


「って、これはオマケで、本当のご褒美は鏡見てみてよ」


 ベティが鏡に目をやると、左耳に可愛らしい橙色の花の魔術ピアスがあった。アクセサリーに無頓智だったベティは、アングルを変えながらピアスに目をやる。お礼を言うことすら忘れて。


「魔術ピアスは日によってタイプが変えられるんだ。小さいボタンがあるからそこを押して魔術を発動させればメニューが空間上で見れる。そのピアスは、ティターニアってテーマのやつで、7つ花の種類があって……って聞いてる?!」

「聞いてる聞いてる!でもこのタイプ凄く気に入ったの!髪色にも合ってるし」


 弾んだ声で答えるベティは、鏡から目を離していなかった。よっぽど嬉しいのだろう。よく似合ってるね。と言おうとしたが何故か言えない。何故?!


「とりあえず、喜んでもらえて良かったよ」

「うん、ありがとね!頑張った甲斐あったなあ」

「……べ、ベティ、今度それ付けてさまた俺と―」


 ツバサが言いかけたその時、いきなり下から店員の声がした。


 「ツバサ君!居るんでしょ?ちょっと大変なの、降りてきて!」

 「……はぁ。何事ですか」


  ツバサはため息をついて、部屋のドアを開けて顔だけ覗かせた。店内には女がいがみ合っている声が響いていた。ツバサはしぶしぶ店内へと歩いていった。言い合っている2人がアルルとレイナだと分かった時、カチンと頭に来るものがあったが、それでも深呼吸をしてわざとらしく咳払いをした。しかし2人は言い合いをやめない。言い合いの中には何度もレンの名前が飛び交っていた。


 「ちょっと、お嬢さん達」

 「何」

 「きゃ、客の、迷惑になってるから、外で、やれば?喧嘩は」

 「喧嘩なんかしてないわよ!!」


  ツバサは苦笑いをして後ずさった。騒ぎに気づいたベティが階段を降りてきた。


 「あらツバサ。……まさか事後だったの?」

 「事後じゃないよ、"事前"だよ、多分」

「ツバサ、レイナは何て?」

「ここのオムライスは絶品だってさ」


  ベティが首をかしげると、珍しくレイナが引き下がり、何とかいがみ合いは終わった。それを見届けて客達はそれぞれの食事を再開した。レイナはまた注文を受け、すぐに仕事に戻った。イライラとしているアルルの前にツバサは座った。


 「レンのこと言ってたけど、まさか宣戦布告でもされた?寝取ってやるとか」

 「そこまで欲望丸出しなことは言ってなかったけど。レンはあんただけのものじゃないって散々言われた」

 「広く考えりゃアルルだけのものではないよな」

 「ベティとのバトルも、レンとのデート権を賭けてたってどういうこと!!しかもツバサが提案したって!」

 「俺は別に発起人じゃないって(発起人である)!レイナがレンのことをしつこく聞いてきたからさ」

 「だからってそんなんであんたはベティを戦わせるわけ?!」

 「それだってベティが勝手に名乗り出たんだよ!」

 「何なの、その俺は何も関係ないみたいな顔は!」

 「そもそもアルルが愛の逃避行なんか勝手にするからこういう事件が起こったんだろうが!」

 「さっきから勝手に勝手にって……!!そうやって言い逃れするのね」

 「こっちの気も知らねえくせに……やる気かアルル!」

 「上等じゃないの手加減しないわよ」


  はぁ、とレイナはため息をついた。レイナはベティの方を向いてどうにかしてくれ、と飛び火してしまった2人を指さした。情けない様子でベティは首を横に振ると、魔術を発動させた。両手に雷のパワーが溜まるとちょいとその手のひらを曲げた。途端にアルルとツバサに電気が走り、2人は絶叫してテーブルに倒れた。その横にいたレイナは恐怖で少し足がふらついた。


 「困るの、お店で喧嘩されると。もう懲りたでしょ?」

 「……はい……」


  アルルもツバサも半分焦げて小さい声で返事をした。

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