魔術じゃ呪いに打ち勝てない

琥珀

1章 暗殺者

第1話 強制勧誘


「母さんがさ、死んだんだ」


 表情を変えることなく、好きな人は淡々と言った。

 大事な話がある、という名目で呼び出されたアルルの心臓は、不穏さによってざわざわした。

 告白でも何でもなく、むしろ別れの告白だった。


 「これからもずっと、アルルと一緒に居たかった。でも、ごめんね……俺もっと強くなるから」


  耳元で囁かれる優しく低い声に、アルルの胸が途端に高鳴る。彼の背中は思っていたより大きく、アルルの両手では完全に抱きしめきれなかった。ひらひらと降ってくる雪が少しずつ彼の肩に積もっていくのが見えた。


 「きっとさ、私達また会えるよ。……ううん、絶対に会える」

 「俺、迎えに行くから、アルルがどこに行ったって」


  彼はアルルの頬を両手で包み込んだ。二人は口づけを交わした。静かな雪の日だった。もう一度ぎゅっとその体を抱きしめる。強く強く、この温もりを忘れないように。必ずまた出会うために。彼は今日、別世界へと旅立つ。

不意に太陽のような熱い光が背中に当たる。雪が降っているのに何故?おまけに何か遠くから声が聞こえてくる。



 「―ルル!アールールゥー」

 「わっ!!何、もううるさいなぁ」

 「いつまでここで寝てんだよ。……ってか、さっきまた何処ぞの御曹司に告白されてなかった?」

 「ああ……断ったわよ。でもこのお花を受け取ってくれって無理やり渡された」


 すっかりしおれかけた花一輪を見て、友人のツバサは苦笑いをした。怪訝そうな顔でアルルがテーブルから顔を起こし、身だしなみを整える。赤毛の髪が、寝癖で少しはねていた。訓練を終えた後、疲れてカフェテリアでつい寝てしまっていたのだった。

  彼らは現在18歳、魔術高校(訓練所)に通っている。名前の通り、ここの生徒は皆魔術を扱うことが出来る魔術士である。生まれつき、魔力という不思議な力を体内に秘めている人間を魔術士と指す。

  2人が過ごすこの世界は地球アースとは少し離れた惑星、通称別世界と呼ばれていた。

  勿論、二人も魔術士である。赤毛で気の強そうな少女の名はアルル・フェアリー。目立つセミロングの赤毛、澄んだマリンブルーの瞳、凛とした美貌、優れた魔術のおかげで、それはもう多くの"男性"がアルルに一度は好意を抱いた。

 そんなアルルと唯一行動を共にしている青い髪の青年はツバサ・サングスター。二人は幼い頃からの知り合いであり、特に恋愛関係は無い。いわゆる幼なじみだ。

 ツバサは、アルルの前にどかっと座ると頬杖をついて尋ねた。それはもう耳が痛くなる話題だった。


 「ねえアルル、チーム、どうするの。もうそろそろ俺達もチーム作らないと仕事できないし、国の戦力にならないし」


  魔術士は何人かでチームを作って依頼に応じて仕事をしたり、何か争いごとが起きた時の戦力として戦いに赴いたりする。チームを作れるのは17歳からだった。

  アルルもツバサもこの1年間、チームは無所属だった。というよりも、他の生徒は誰も彼らに近づこうとはしなかった。何故なら、アルルは男性を断り過ぎて女性には煙たがられ、ツバサは女性と遊び過ぎて男性にも女性にも煙たがられていたからである。


 「最悪の場合、俺とアルルの二人チームになるけどそれもまあ悪くは無いかな」

 「最悪の場合を何とか回避する方法は考えなかったわけ?!あんたと二人きりとか嫌よ私は!」

 「勧誘はしたさ。片っ端から女の子に声はかけた。がしかし」

 「……」

 「みんなもう所属済みだってさ。参ったよね本当ー。最悪は夢じゃなさそうだよ」


  いつまでも無所属でふらふらとしていたら母親に怒られるだろうか。アルルは一枚の写真を眺めてため息をつく。数年前に撮った"彼"とのツーショット。さっき夢に出てきた"彼"だ。


 「また王子様の写真見てるのー?もういくら探しても見つからなかったんだからいい加減諦めたら?俺が居るじゃんー」

 「……だって、絶対こっちに居るはずだもん。一人で地球に帰るはずがないし」

 「わかった、わかったからさ。とりあえずどっかに飯でも行こ?」


  足早に移動しようとカフェテリアを出た時、長い廊下で女子達が叫ぶ声がした。3人の女子が1人の女子に向かって何か責め立てていた。1人の女子は困ったような顔をしている。

  魔術で追い返しちゃえば良いのに。そうアルルは思ったが、校内ではそう上手く魔術は使えない。


 「やめてよ……もう。私、本当に帰らなくちゃいけないの、仕事があるから……」

 「へー仕事?何あんた、チームにでも入ってるわけ?あ、ぼっちチームみたいな?」

 「あなた達だってチームに入ってても遊んでばっかで全然仕事もしてないし、訓練も怠っているじゃない。そんなのに比べたらマシだわ」


  一人の女子は小さい声ではあったが、一応言い返していた。しかしその視線は下を向いていて、尚更女子達の機嫌を悪くさせたらしい。

  その様子を見てツバサが胸に手を当てて息をつき、不意に立ち上がるとまっすぐ女子たちに向かって歩いていった。ちょっと、と言いかけるアルルをも無視してツバサは女子勢の前に立ち塞がる。先に口を開いたのはツバサだった。


 「何か用?」

 「ツバサこそ何か用?」


  ツバサは1人で困っていた女子の肩をたたいて言った。


 「この子俺のチームの子なんだよねー。ちょっと困るんだけどこういうの」

 「あっそ。随分趣味悪いのね。ちょうどいいチームメイトなんじゃないの。皆から避けられるあんたにはお似合い」


  半分キレ気味で女子達はその場を去っていった。すると、ありがとう、と女子が小さな声でお礼を言った。ツバサははっとして肩から手を離した。


 「それじゃあ、私はこれで」

 「待って!!……なぁ、本当に入らないか?俺達のチームに。実は前から気になってたんだ、君のこと。でも忙しそうだったから声かけられなくてさ。あ、ああ気になってるっていうのは変な意味じゃなくて魔術士としてさ、チームメンバーとしてどうかなっていう……えーっと、名前、間違えてたらアレだから……俺はツバサ、君は?」

「あ、私は……ベティ。さっきは、ありがとう。とりあえず、よろしくね?」


 何故柄でもなくテンパっているのだろう、とアルルは一部始終を眺めながら思っていた。

 ツバサが声をかけた少女はベティ・アケロイドと言った。茶髪と金髪が混じったようなダークブロンドで、ボブの髪は少し癖があるようだった。頬には少しそばかすがあり、瞳は大人しめなベージュ色で染まっていた。

 魔術高校の近くで祖母が地球風の洋食レストランを営んでおり、そこに住んでいた。おまけに、毎日店の手伝いに追われているということ。

 アルルとツバサはレストランに案内されて、テーブルに向かった。幸い、大衆向けのレストランだったため、躊躇することなく来店できた。他にも客は何人か来ていたが、特に気にせずに二人はベティを待った。アルルは小声で尋ねた。


 「前から気になってたとか言ってたけど、まじなの?」

 「まじって言ったらどうする?」

 「笑うわ」

 「じゃあ商売文句ってことで」

 「だってあの子くらいよね、声かけてなかったの。ツバサの悪評知ってるのかしらね」


  アルルは鼻で軽く笑った。ツバサは少しバツが悪そうに顔をしかめた。

  ベティは彼らが想像していたよりも口数が多い少女だった。


 「あんまり魔術は使いたくないって思ってたんだけど。それに、私あなた達みたいに強くないし。正直、釣り合わないような気がして」

 「釣り合うとかそういうの、関係無いって。チームなんだから協力すれば何でもできるって俺は思うけど」

 「……そんなもんかな?」

 「そんなもんだよ。俺もアルルも正直チームって感覚よく分からないし。チーム組むってなると、皆から避けられていたからね……まあ色んな理由で」

 「色んな理由、か……まあ、アルルはモテるもんね」

 「わ、私のことは今はどうでもいいの!そんなことより、ベティはどんな魔術を使うの?」


  魔術には大きく分けて二種類ある。一つは基本魔術。ほとんどの人が魔術高校で必ず取得し、魔術士であれば誰でも扱うことができる術のこと。例えば、空中に物を浮かす、怪我の治療をする等と言った魔術だ。

 もう一つは本能、と呼ばれる術。個人個人で一生操れる魔術は違う。指から発射される光線の色も勿論違ってくる。炎を操れる者は炎術士、風を操れる者は風術士などと呼ばれていた。


 「私は雷術士なの」


  するとベティの指がバチバチと電気を発した。すげえ、とツバサが呟いた。そしてすぐさまベティに向かって言った。


 「入ってくれよ、チームに」

 「本当に?私が?私で良いの?」

 「良いよ全く問題ない。胸もデカ―」


  すぐにアルルはツバサの足を思いきり踏んづけた。くすくす、とベティが笑った。


 「笑った方が素敵よ、ベティは」

 「……じゃあ、これからよろしくお願いします」


  ベティの祖母はベティがチームの一員になったことを喜び、アルル達に料理をごちそうしてくれた。ありがたく彼らはそのごちそうに手をつけた。食事の最中、アルルははっとしてポケットから写真を取り出しベティに見せた。


 「ねえ、この人お店に来なかった?というか見たことない?道端で」

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