第20話 交渉
高位悪魔を、状況次第では何体でも倒せるポテンシャルを持つ、この危険な魔術師の処遇をどうするか。
人間がこんな強力な手駒を持っていたとは。今は催眠で眠らせて牢にぶちこんでいるが、出来ればこのままずっと眠っていてもらいたい。捕えたのはこっちだが、油断はできない。こいつを前にすると獰猛な獣の檻の前にいるような緊張感が付き纏う。ブレイズのときのように仲間に引き込むといったことはまず不可能だ。
「・・・ん?この女・・・・」
ダンジョンマスターは、この魔術師の顔に見覚えがあった。
人間の顔の違いなど意識しなければわからないが、この顔はよく覚えている。
・・・確か、エイダと呼ばれていた。そう、あのとき最初に、壁に描かれた紋様に気付き罠の存在を見破った、あの魔術師だ。
数日後。
ダンジョン地上を治める国ネバーグリムの王、"エルバート"が駐屯地に訪れた。
わざわざ王が訪れたのは、指揮官を超える戦略レベル以上の判断が必要になったということで、それまではお互いがお互いを話が通じるような相手だとは思っていなかったのが、状況が変わると、示し合わせたように和解の方向に流れ始めた。
ダンジョンマスターには不快極まりないことであったが、この我が物顔で現れた"王"という立場がいかに強大な権力かを思い知った。
迷宮に直接使者が訪れ、ダンジョンマスターへ和平交渉の申し出がされたのだ。
そして、とある迷宮内の一角にて―――。
「条件は魔術師エイダを含めた捕虜の解放だ」
使者は悪魔に対する嫌悪感を表情ににじませながらそう言った。それに対し、ダンジョンマスターは冷静に答える。
「そちらの提示する条件は?」
「・・・我々、ネバーグリム国軍は、今後ダンジョン征服から手を引き、ダンジョン内への侵入と、あなた方悪魔に対し一方的な危害を加えることをしないと約束しよう」
「それが条件か?」
勿論、そんな条件はすぐに破られる。態勢を整えたらすぐに征服を開始するだろう。実際、"国軍"と言っている通り、傭兵や、市民の冒険者ならば条件に反しないという言葉のトリックが透けて見える―――――。
「「信用ならないか?迷宮の主よ」」
ダンジョンマスターは暗がりから現れる男の方を見る。
その声の主は、貴族らしいパルダメントゥムに身を纏っていて、明らかに、高い地位の人間であることがわかる。地下の迷宮には全くふさわしくない服装だ。
「何者だ?」
さすがのダンジョンマスターも困惑している。
直観では理解できるが、その人物が直接目の前にいる理由を説明するのは難しかった。それほど突拍子もないことだった。
王エルバートが、正装をして直接交渉に訪れたのだ。
「・・・危険を顧みず自ら話をつけに来たか」
ただし迷宮は今混乱状態で、中央のセントラルエリア以外は魔眼でも管理しきれない状態だ(どちらにせよデビルロードは今はまともに働ける状態じゃないが)。なので、以前のように透明化を使って侵入することは簡単だった。
「どうしてもこの条件は呑んでもらいたいのでな。・・・といっても、私の顔を立ててもらうなどと、寒い台詞は言わないよ」
「私と取引するつもりか?」
「そうだ」
「その意味がわかっているのだろうな」
「当然だ」
驚くべきことに王は、悪魔である俺と契約してこの条件を合意させるつもりなのだ。
ダンジョンマスターは完全に面を食らってしまった。
「私の命を担保にして・・・悪魔には条件で発動する"呪い"が掛けられるのだろう」
なんてクレイジーな王様だ。
確かに、高位悪魔は人間と契約を結ぶことができる。悪魔と人間はお互いに信用を築くことをしないので、裏打ちのための"呪い"を用いる。人と悪魔が言葉を交わせるのは呪いを前提にした上でしかありえないのだ。
この男が現れて即座に戦が収束していったことからわかる通り、この男には悪魔の世界でも考えられないほどの強大な権力が集中しているのだ(それだけ人間がうじゃうじゃと数を増やしているからだが)―――その、自分の命を賭けるというのか。
ダンジョンマスターは、しばらく考えて返答した。
「・・・いいだろう。条件に合意する」
「話のわかる悪魔じゃないか。今度はあなたが私の城に来るといい。歓迎するよ」
「・・・」
見せかけだけじゃない。こいつには今までのどの人間が持つより大きな、悪魔が持つに値する器がある。ただ、それでも理解し合えるとは全く思わない。丸め込まれたような気もしないが、むしろダンジョンマスターには、何もかもが納得いかなかった。
王は呪いを受け、後に人質は解放された。
一国の王にとってのこの異常な行動は、エイダという魔術師がいかに特別な存在であるかを物語っている。
これでダンジョンがゆっくり力を蓄えるのに十分な猶予が得られた。
しかし、その対価も大きかったのかもしれない。
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