時雨原の化け猫使い
ねこじゃ・じぇねこ
1章 悩める高校生
1.時雨原の怪談
七件だ。
それも、六月に入ってから、たった半月で立て続けに、である。さすがに多すぎるのではないかということで、各所で安全対策の見直しも行われているが、なぜ、時雨原だけで頻発するのか分からないままだった。
事故の内容もまた様々だった。交通事故が一番多くて四件だが、残りの三件はそれぞれ違った。工事現場の事故が一件。マンション高層階からの転落事故が一件。そして、中学校のプールでの事故が一件。どれも全く違う経緯で起こった痛ましい事故であり、防ぎようのない、或いは回避しようのない不運によるものである。
理由も分からず人が死に続けるのは怖い。大人であっても不安になるくらいなので、年端もいかぬ小学生はなおさらの事だっただろう。交通事故の犠牲者の一人は小学生だったのだが、これは、単なる事故ではないと初めに言い出したのはその同級生たちだったという。昔からよくある都市伝説のように彼らの口から語られるのは、大人からしてみれば不謹慎にも思えるような怪談話であった。それを不機嫌な大人に良識を武器にされ、頭ごなしに叱られてもなお、小学生達は噂を語ることをやめなかった。
彼らは怖かったのだ。何も悪い事をしていないのに人が悲惨な死に方をするという現実が。そして、明日には自分や身近な他人が巻き込まれるかもしれないという現実が。だから、いかに大人たちから見て幼稚な作り話であっても、何故起こったのか、どうしたらいいのか、その対策を語り合うことをやめられなかったのだ。
そんな小学生達の噂話は、いつしか中学生以降の子ども達にも広まっていき、気づけば大人たちまでも密かに語り合うほどになっていた。又聞きの又聞きという形で広まっていく噂は、この七つの事故に関連性を持たせようとしていく。起こった時刻も、起こった現場も、亡くなった人も、全てに表から見える繋がりはなかったはずなのだが、実は裏で繋がっていたという語り口で広まったのだ。
特に噂を耳にした人々が関心をもったのは、亡くなった人と生前会話をしたという人物の証言……とされる出所の分からないエピソードであった。
「ねぇ知ってる? あの事故ってさ、化け猫の仕業らしいよ」
「あー、知ってる。それって小学生に流行っているっていう噂だよねぇ?」
「小学生の噂なんてどうでもいいっしょ。単なる噂だし、あいつらどうせ、夏休みにはもう忘れてるよ」
「いやいやそうなんだけどさぁ、どうもこの噂、事故で死んだ人たちの周りの人たちが語ったやつらしくてねぇ……」
「なにそれこわっ」
時雨原と隣町の境にある学園。放課後の教室の中で高校生たちは語っていた。好奇心と不安を胸に、名前も顔も知らない誰かが確かに聞いたのだと主張するその話を。
嘘か本当か分からずとも、それを語ったのはいずれも事故の犠牲となった人物たちであったという。下校中に事故にあった小学生の話であったり、散歩の途中で事故にあった高齢男性の話であったり、プールで溺れてしまった中学生であったりする。とにかく共通しているのは、彼らが事故で命を落とす直前に会話をしたという人物がおり、その人物に対してとある話を語ってから亡くなったということだった。
それは、黒猫の話。黒猫が飼い主らしき女性のもとに走っていくところを見たという話だ。なんとなくその姿を見つめていると、彼女はゆっくりと振り返り、こちらに向かって何かを言っている。しかし不思議なまでにその声はよく聞こえなくて、とりあえず会釈をしてその場を去ったという話だった。事故が起こるのはその直後だ。まるでその事を誰かに語り終えて安心したかのように、彼らは程なくしてこの世を去ることになる。
「それが化け猫? 人間じゃん」
「人間なんだけど、その女の目も猫なんだって。しかも、何言っているか分からない声もなんか猫とか赤ちゃんっぽいらしくってさ。だから化け猫なんだって」
「こわー。なにそれ。時雨原行けないじゃん。夜道で会ったりしたらもうその時点で心臓止まっちゃうでしょ」
「だよねー。はあ、ホント親の都合で引っ越せて良かった。両親に感謝だわ」
「あれ、そういや君ん家も時雨原だったよね?」
「そうだよぉ。あたしも早く引っ越したい。そんな予定全くないけど、今すぐ二人の近所で暮らしたいよぉ」
高校生たちは恐怖しながらも嬉々として語る。
大人に近づいているとはいえ、彼女たちもまだまだ子供だった。
それに、誰だって普通は死にたくないものだ。
時雨原の小学生達は真面目に対策を語り合い、結果、色々な説が飛び交った。会釈──つまり、頷くからいけないのだというのがもっとも有力な説らしく、もしも黒猫の抱く女性に出会ってしまったならば、そして話しかけられたならば、頷かないことが重要なのだという。
だが、頷かない代わりの行動については意見が割れていた。無視するべきだという主張もあれば、無視は逆効果だと言う意見もある。そうではなくちゃんと否定をした方がいいという話が代わりにあがるが、否定もまた怒らせるからやっぱり無視が一番だと、その繰り返しだった。
「で、結局どっちなわけ?」
「さあ、それは分かんないんだって」
「分かんないと困るなぁ。お家帰れないよぉ」
「いや、あんた怖がりすぎでしょ」
高校生たちの余裕ある談笑が教室に響く。
では、その話は本当なのだろうか。
それは分からなかった。
小中学生の中には、本当に出会ったと語る人もいた。出会ったけれど、ちゃんと対策をしたから無事だったというその主張に、子供達は群がった。しかし、彼らが本当の事を言っているのか、ただ目立ちたいがために嘘を言っているのかについては、誰にも見抜けない事でもあった。
「まあ、ウソを吐く子も当然いるだろうね」
「いるいる。いやまあ、ウソって証明できるわけじゃないんだけどさ」
「何か分かるなぁ。そういう不思議な力に憧れちゃうんだよねぇ」
「そうそう。霊感とか超能力とか選ばれし者とかね」
会話はますます盛り上がる。
怖い話を誰も本気で怖がっているわけではない。
子どもと言っても高校生ともなればそういうものだ。
ただ、信じる者も、信じない者も、なんとなく自分や周りの人間がそういう目に遭わないことを願って、これまでのように気を引き締めて生活をするだけのことだった。
事故が続こうと続くまいと、時雨原の日々自体はあまり変わらない。事故の原因が本当に不運の重なりであるのだと語られれば、不気味にこそ思えども、だからと言ってすぐに引っ越そうと言えるほどフットワークが軽い者ばかりではないのだ。
「はあ、本当にただのウワサだといいなぁ」
「まーだ言ってる。大丈夫っしょ。まあでも、事故には気を付けて」
「うん、そうする」
単なる偶然であれば、いつかはこの連鎖も途切れる。
そうでなくたって、いつだって事故は起こるものなのだから、注意深くなるに越したことはない。
交通事故だってそうだし、落下の事故だって同じだ。
亡くなった七人は確かに可哀想だけれど、時雨原に暮らす人口を考えれば、何事もなく普通に暮らしている人間の方が遥かに多い。
──大丈夫。どうせ単なる偶然なのだから。
教室の中、さっきからずっと噂話に夢中になっているクラスメイトの会話を流し聞きながら、
時刻は四時半。終礼直後。真っすぐ帰るわけではなく、一度時雨原まで上がって向かわねばならないところがある。荷物を静かにまとめると、噂に夢中になっているクラスメイトたちを置き去りに、卯月は黙って教室を去った。
「卯月ちゃーん、また明日ねぇ!」
教室を出てすぐに、怪談話に夢中になっていたクラスメイトの一人の大きな声が背後より聞こえてきた。
自分に言ったのだろうか。いや、間違いなくそうだろう。
立ち止まった卯月は、しかし、返事をすることが出来なかった。しばらく教室の廊下を見つめ、結局何も答えずに立ち去った。
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