【短編】ドラム缶探偵ガロン 温泉より坂道

キハンバシミナミ

ドラム缶探偵ガロン 温泉より愛を込めて

「リリリーン」電話が鳴った。中古で買った懐かしのペール缶型電話機だ。気に入っている。


 僕は名探偵ガロン。今年で三十になるナイスドラム缶だ。円筒形に引き締まった僕の体のファンも多い。


 僕に依頼するドラム缶は幸運だ。何しろ名探偵なのだ。それだけで依頼をする価値もある。事件など起きていなくてもだ。


「助けてください」声は若い。旅館のドラム缶女将らしい。僕の好みの声だ。残念だが僕も一端のドラム缶だ。下心は山盛りにある。流石にドラム缶から溢れるほどではないが。


——


 一時間後、僕はドラム缶の形をした老舗旅館の受付の前にいた。依頼は老舗旅館のドラム缶女将だ。僕に助けを求めた声からして美ドラム缶若女将に違いない。ドラマのような展開だが、名探偵ガロンへの依頼なのだ。それくらいはあるだろう。


「いらっしゃいませ」旅館の入口で出迎えてくれた美ドラム缶仲居は青と白のストライプ塗装が美しかった。


 僕の事務所に受付はいない。貧乏だからだ。だから羨ましい。


「女将に呼ばれてきた。名探偵ガロンです」


 重ねて言うが名探偵なので、自分で名乗ってもおかしくはない。


 美ドラム缶仲居さんが案内をしてくれるらしい。美ドラム缶仲居から摘発性油脂の素敵な匂いが漂ってくる。匂いに誘導されるように、奥の部屋に通された。


「ようこそいらっしゃいました、名探偵ガロン様」


 僕の予想どおり、美ドラム缶若女将であった。美ドラム缶仲居も同席するようだ。


「わざわざお越しいただいたのは、このドラム缶仲居も関係することなのです」


 そう言うことか、なぜ同席するのかと思っていたが関係者だということか。名探偵だが分からなかった。


「先日、この旅館の前の坂道をドラム缶が転がる事件がありました。毎ドラム缶新聞でも騒がれましたのでご存知でしょう」


 恐ろしい事件だった。ドラム缶にとって坂道を転がるのは悪夢だ。坂道が続く限りずうっと転がってしまう。


「このままではドラム缶足が遠のき、この旅館は潰れてしまうかもしれません」


 美ドラム缶若女将は涙を滲ませながら言った。どこから涙が出るのか。気にしてはいけない。


「それに転がったドラム缶はこのドラム缶仲居の婚約ドラム缶だったのです。なんとしても犯ドラム缶を捕まえてもらえませんか」


「わかりました、引き受けましょう」何しろ美ドラム缶が二つ並んで頼んだのだ、断る理由などない。


「ところで、その被害ドラム缶は今どこに?」失言だった。僕も失敗はするのだ。


「リサイクルされました」美ドラム缶仲居は泣き崩れた。


——


 現場の坂道についた。僕は現場検証をしながら考えた。


 この坂道に手がかりはない。あえて言うならば坂の上に置かれていた時に、強く押されたであろうことくらいか。中身の入ったドラム缶を倒すのは大変なのだ。


 ただし条件はわかる。まずは被害ドラム缶を坂の上まで誘い出せるドラム缶であること、転がされたドラム缶に恨みを持つドラム缶の犯行であること。


 僕は聞き込みから捜査を進めた。ここのドラム缶は中身が入ってないのかと思うぐらい口が軽かった。


 被害ドラム缶と美ドラム缶仲居は婚約したばかりなのに可哀想なことだという話がある一方、被害ドラム缶はあちこちのドラム缶に手を出していたのだから当然の報いだと吐き捨てるように中身をぶちまける奴もいた。


 僕が注目したのは美ドラム缶仲居が事件の直前に被害ドラム缶と激しい言い争いをしていたという話である。


 僕の前で泣き崩れた美ドラム缶仲居は演技だったのだろうか。僕は名探偵だが美ドラム缶に騙されたのか。


 調べると美ドラム缶仲居には事件当時にアリバイがあった。直接の犯行は不可能だ。つまり協力者いる。


 協力者となりうる者を探すと、あるドラム缶が浮かび上がった。ドラム缶旅館の向かいにドラム缶ホテルがある。そこのドラム缶料理長が美ドラム缶仲居に岡惚れしているというのだ。


 僕はドラム缶ホテルに出向き、ドラム缶料理長に会いたいと伝えた。案内してくれたのは美ドラム缶コンシェルジュだった。白と青のストライプにスーツが美しい。僕は美人に囲まれる運命らしい。


 面会したドラム缶料理長に話を聞く。ドラム缶ホテルの支配ドラム缶が同席した。


「私はその日、特別なお客様のため、ずっと調理場でオイルにまみれていました。周りに聞いていただいても構いません」


 捜査は振り出しに戻った。


 僕は事務所の椅子に座り、漏斗を咥えていた。火はつけない。有害物質が出てしまうからだ。そして僕は考えていた。何か見落としがあるはずだ。まだ答えは出ない。


 僕は床屋でも考えていた。ドラム缶だから髪の毛はない。この世はドラム缶しかないのになぜ床屋があるのだろう。その謎を解くよりも今回の事件は難しかった。


 僕はラーメンを啜りながらも考えていた。ドラム缶だが食事はする。僕はお気に入りのラー油を流し込みながら考えた。やはりわからなかった。


「諦めようかな」そう考えているときに、再び事務所の電話が鳴った。電話の相手はドラム缶ホテルの支配ドラム缶だった。


「名探偵ガロンさん、うちのドアドラム缶が転がりました」


——


 僕は再びドラム缶ホテルを訪れた。


 すで警察の現場検証は終わった後だった。目の前の坂で事件が起きたことに絶望して自分で転がったのではないかというのが見解だ。


「違う」僕のドラム勘が言っている。僕は坂の上に立ちながら坂の下を見下ろした。


 ドアドラム缶は何かに気付いたのだ。


——


「犯人は貴ドラム缶ですね」


 僕は名探偵だ。僕が言ったことが真実だ。


「貴方は生き別れた妹ドラム缶を捜していた。しかし灯台下暗しとはこのこと、妹ドラム缶は向かいの旅館で仲居をしていたんだ。しかし妹ドラム缶は不運なことに悪いドラム缶に騙されていた」


 僕の前には美ドラム缶コンシェルジュがいた。白と青のストライプにスーツが美しい。


「貴方は妹ドラム缶を守るため、最初の事件を起こした。ほとぼりが冷めるまで密かに妹ドラム缶を見守るつもりだった。だが二人が姉妹だと気付いたドラム缶がいた」


 美ドラム缶コンシェルジュの顔色はすでに色を失っている。僕は確信を持って続けた。


 簡単な話だった。ドラム缶は形が同じだから分からなかったのだ。同じ青と白のストライプ。二つは同じ型、同じ工場の同じロットのドラム缶なのだ。


 僕は心が苦しかった。被害ドラム缶は悪いやつだ。だけどそれでも断罪しなければならない。


「向かいの旅館で仲居をしている美ドラム缶は姉妹ではないかと。向かいの旅館でお客の見送りに出るドラム缶、ホテルのフロントに立つドラム缶、どちらも目にする機会があるドアドラム缶だから気付いたのでしょう」


 警察に自首をしたドラム缶はどこか振り切った顔をしていた。中身を入れ替えて出てくることを僕は祈ろう。

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