魔竜死闘④~終戦~

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 雷を纏い、縦横無尽に剣を振るうクロウはまるで戦いの神の様でもあった。刃を振るう度に、蒼氷と金雷の花弁が咲き乱れる。


 さしものシルマリアもこれは堪らぬと感じたか、クロウに対して不可視の音撃を放つも当たらない。


 クロウの身体能力が如何に優れているとはいえ、音波を視認できるほどには人間を辞めてはいないし、音の速さを上回る程には素早くない。しかし当たらない。


 クロウに音波は分からない。

 だが殺意なら分かる。

 射精寸前のように脊柱を這いのぼる戦慄が、クロウの死に場所はここだと教えてくれるのだ。


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 クロウはゾクゾクする感覚をレーダー代わりにして、足を止める事無く剣を振るいシルマリアを翻弄した。


 完全に被弾を防げたわけではない。

 小さい音の散弾を躱しきれない事も多々あった。

 だがクロウは、というよりクロウの肉体は死に近づいたと認識すると、魔力の生産量が指数関数的に跳ね上がり、その分だけ身体能力を向上させるのだ。


 傷つけば傷つく程に彼は強くなる。

 それはこの世界で生まれ、育った者なら困惑する感覚かもしれない。

 確かに命が肉体から零れつつあるのに、魂のそこからジクジクと力が湧いてくるのだから。

 だが自身の在り様に疑念を抱けば "力" はたちまちに雲散霧消してしまうだろう。


 しかしクロウはそんな自分の在り様に一切の疑念を持たなかった。前世の経験がモノを言っているのだ。

 傷つけば傷つくほど、つまり勤務をすればするほど体の底から力が湧いてきて、何時間でも残業出来る様に錯覚する感覚をクロウは知っている。

 知っているからこそ疑念を抱かない。

 疑念を抱かず、"そういうものだ" と心から信じているのなら、この世界はその思いに応えるのだ。


 正統勇者が光神に選定された者だとするならば、クロウは確かに正統勇者ではない。

 しかし世界のシステムに無意識のうちに順応し、世界から力を引き出す彼は、世界に選ばれた勇者と言えるかもしれない。


 ■


 ──重剣・石衝


 大上段からコーリングが振り下ろされる。

 これはザザの秘剣の一つで、脱力して剣を振り、インパクトの瞬間に満身の力を籠める事で自身の体重をそのまま剣に乗せるというものだ。受け太刀などをしてしまうと弾きとばされてしまう程に衝撃力を増加させる。


 クロウ自身はどちらかと言えば芸がない前衛剣士だ。

 力と速度で物理的に圧する戦闘を得意とする。

 だが業がない訳ではない。


 下魔将オルセンに敗北ぎりぎりまで追い詰められた時、このままでは魔王を斃す事が出来ないと考えたクロウは、アリクス王国金等級冒険者 "百剣" のザザに師事した。

 極東出身のザザはその異名の通り、百の秘剣を操るとされる技巧派の剣士である。


 ではザザの一応の弟子であるクロウもそうなのかといえば、ザザの説く剣理をやや曲解してしまったりとおっちょこちょいな所があった。


 クロウはザザに習った通りにこの秘剣を振るった。

 脱力して剣を振り、インパクトの瞬間に満身の力を籠める…そう、クロウは満身の力を籠めたのだ。

 膂力ではなく、魔力も何もかも。


 コーリングの剣身を真っ黒い、見ているだけで死にたくなるような憂鬱な魔力が包み込み、シルマリアの暗赤色の鱗に叩きつけられた。


 余力を一切考える事なく注ぎ込まれた大魔力が爆性を帯びた殺意に転換され、巨大な爆発が起こる。


 飛び散る肉片、触れれば爛れる魔血!


 ゴッラが飛び出し、タイランとカプラの前に立って両手を広げた。皮膚を焼き、肉を溶かす爛れ血はしかし、ゴッラの鉄肌には通じない。彼の肌は魔力が伝導すればその強度は更に増すという性質がある。これは彼の生物学上の父親である "赤角" と呼ばれる大鬼の角と同じ性質だ。


 かつて "赤角" は、この角でもってクロウの剣撃を弾き飛ばした事もある。ゴッラは角を持ってはいないが、その肌には確かに父である"赤角" の面影があった。


 タイランとカプラはゴッラに護られた。

 ケロッパは吹き飛ばされて行方不明だ。

 恐らくは砂に埋まっているのだろう。

 だが、消耗で動けないラグランジュはどうなるのか?


 今度こそ年貢の収め時かと諦念の観にあったラグランジュは、しかしいまだ悪運が尽きてはいなかったらしい。

 ヨルシカとカッスルが素早くラグランジュに駆け寄る。


 ヨルシカにせよカッスルにせよ、仲間を護ろうなどという殊勝な気持ちは無いが、ラグランジュの火力は捨てがたいと考えていた。ただの一人が死んだとしても魔王討伐は困難になるだろう、そんな思いが二人を走らせた。


「間に合った!が、や、やべえな糞!見捨てればよかったぜ!」


 カッスルが酷い事をぼやき、だが逃げたりせずにラグランジュに肩を貸している。ラグランジュは喚き、捨てていけと暴れるがカッスルはラグランジュの体の関節各部を巧妙に抑え、動きを封じていた。それだけではない。


「黙れ!考えさせろ!」


「ぐっ…!」


 カッスルがラグランジュの尻を激しく引っぱたく。

 常人ならば尾てい骨が粉砕されているだろう。

 言葉で言う事をきかせられないなら、尻で言う事をきかせるというのは冒険者として当然の振る舞いであった。


 しかし魔竜の血が雨となって三人へ降り注ぐ。

 そのままボウと突っ立っていれば三人はたちまち見るも無残な爛れた肉の塊になってしまうだろう、焦るカッスル。

 竜種の胴体をぶち抜ける必殺の突きを放てる彼でも、降りしきる致死の魔雨をどうにかすることはできない。

 ちなみにシルマリアに対しては、そもそも接近自体ができなかったので突きの出番は無かった。


 だがヨルシカの方を向けば、彼女の表情は落ち着いたものだった。ヨルシカには一つの考えがあったのだ。


『アレが、血なら』


 飢血剣 "サングイン" が赤い軌跡を描いて振るわれる。

 エル・カーラの魔技師、ミシルが作り出した悪趣味なこの魔剣は、敵手と自身の血を吸い、それを触媒として担い手の身体能力を向上させる。

 術師ミシルは帝国魔導技術の開発にも深くかかわっており、ヨハンの術腕やサングインなどはその技術の一端で作り出された試作品の様なものだった。


 そして、ヨルシカの考えは功を奏する。

 降り注ぐ魔血はサングインの剣身に触れるなり剣に吸い込まれてしまった。


 ヨルシカは反動に備えた。

 サングインは血液を力へと転換する。

 血は燃料のようなものだ。


 だが、血なら何でも良いというわけではない。

 例えば路地裏の薬物中毒者と彼女の伴侶たるヨハンの血液ならば、どちらがよりヨルシカを高めるかといえば当然後者である。


 では竜血はどうか?

 彼女の深紅に染まった双眼がその答えだ。

 ヨルシカの瞳は紅く輝いていた。

 魔力が瞳から漏れ出しているのだ。


「お、おい、アンタ…。理性はあるのか?というか、巻き込まないでくれよ…何をするのか知らないが、厭な予感がするんだ…」


 カッスルは探索者として多くの迷宮を踏破してきた。

 悍ましい魔物たち、恐ろしい罠の数々。

 それらを直観と経験と運によって乗り越えてきた彼だが、その直観がこう告げている。


 "巻き込まれるぞ" と。


 ──弾け飛ぶ砂塵、赤い残光


 ヨルシカは双眼に紅光を宿し、宙空に流星の、不吉な尾のような軌跡を残しながらその場から消えた。

 いや、消えた様に見えるほど爆発的な速度でシルマリアへ突撃を仕掛けたのである。


 ヨルシカが飛び出すと同時に発生した衝撃波がカッスルとラグランジュを襲い、二人の肉体は相応に痛めつけられた。

 カッスルはラグランジュを護るように覆いかぶさるが、余り効果はない。二人は弾き飛ばされ、ごろごろと転がって仰向けに寝転び、大きく息をついてシルマリアの方を見る。


 紅い閃光…いや、間欠泉のように濁った血が空へ向かって噴き出しており、紅い魔竜が酷く悲しい声で啼いていた。


「おれはよ」


 カッスルが呟くと、ラグランジュがぼんやりとカッスルを見つめる。


「魔王とやらを斃す前に、仲間に殺されそうな気がする。巻き込まれて。今は小指だが、次はきっと腕だ。その次は足が折れるだろうな」


 そんな事を言うカッスルの視線は、自身の左手の小指に向けられている。ラグランジュが視線を追えば、カッスルの小指は明後日の方向を向いていた。


「最後に折れる場所はどこだ?」


 ラグランジュが尋ねると、カッスルは自身の首を手刀でぽんと叩いた。




※重剣・石衝


Memento-mori メンヘラと外道術師①参照。

ザザがわけわからない事言っていますが、後から読みかえしてみると作者にも何言ってるのか理解ができませんでした。なので突っ込みはしないで下さい。

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