帝国へ⑦

 ◆


「ベルンは初めて来たんだけど素敵な街並みだね」


「ですよね!先帝陛下の代はもう少し殺伐としてたんですけど、サチコ帝の代になってから街並がガラッとかわったらしいんですよ~っ。ねえ、それよりヨハンさんとの事聞かせてくださいよ~っ」


「えぇ…でもやっぱり少し恥ずかしいし…」


 ヨルシカとマイアはそれなりに馬が合ったようで、先ほどから談笑が弾んでいるようだ。

 2人が先頭を歩き、その後ろでヨハンとロイが肩を並べて男トークをしている。


 4人はこれからロイの実家へ行くのだ。


「それにしても君が恋人をつくるとは思わなかった。しかも随分綺麗な人じゃないか…おい、まさか洗脳なんてしていないだろうな?」


 ロイの表情が笑顔からまるで邪教徒を見つけた聖騎士の様なものへと変わる。そんなロイをヨハンは路上に吐き捨てられた吐瀉物を見るような目で見つめた。


「ロイ、君は俺を何だと思ってるんだ?それより君の兄がロナンから帰ってきてるんだって?レナード・キュンメルの名は俺でも知っている。君と違って真人間なんだろう?」


 ロイはキュンメル子爵家の三男だ。

 次男はこの世になく、家督は長兄であるレナードが継ぐ事になっている。


 金髪碧眼、怜悧な顔つきをしたレナード・キュンメルはレグナム西域帝国が誇る帝国魔術師団の優秀な団員であり、魔導協会所属2等術師でもある。


「ああ、ロナン王国では結構な大立ち回りをしたらしい。莫迦王子が姦婦にそそのかされて婚約破棄をしようとした所、兄上が乱入して道理をとくとくと説いた所、場は収まった…のだとか。ロナン国王から感謝状が届いたそうだよ。というか真人間ってどういう事だ。僕は正道に悖る行いをした事など一度もないぞっ」


 ヨハンはうんうんと頷いた。

 術師たるもの、言葉をもって相手を諭すというのは正しい姿であるからだ。

 それは兎も角…


「俺は当日の予定をころころ変えるリーダーが真人間だと認めたくない。当時の君に比べたら、ほら、そこの…」


 ヨハンが地面を指差す。

 指の先には小石があった。


「石?あれがどうしたんだ?」


「あの石のほうがまだ人間性に優れていた」


 ロイは絶句してヨハンを見つめるが、ヨハンの表情は至極真面目だ。


「小石に負ける人間性だったのか…」


 項垂れるロイの肩をヨハンがぽんと叩いた。


 ・

 ・

 ・


 やがて一行はキュンメル邸の前にたどり着いた。


「あれがキュンメル邸か。立派だね」


 ヨルシカが屋敷を見上げて呟く。


「派手すぎない重厚な造り。しかし無骨というわけではなく貴族の権威を十全に誇示している。これだけとってもキュンメル家が尚武の家である事が分かる。俺は建築作法には詳しくない。しかしそんな俺でもキュンメル家の気風が分かる。であるのに、なぜロイのような女好きが…」


 ヨハンが失礼な事を言うとロイは“俺が好きなのはマイアだけだ”などと言うので、マイアがはしゃいでしまい、ヨルシカに絡み…


「門の前で話してないで屋敷に入ってきたらどうです?」


 雲ひとつない青空に撃ち込む一矢を思わせる声が響いて4人は黙り込む。


「兄上!」


 ロイが気色の滲んだ声をあげる。


「やあ、ロイ。お帰り。マイア嬢も。そしてご友人の方々も。キュンメル家嫡男、レナード・キュンメルです。お見知り置きを」


 一礼する青年こそがロイの兄、レナードであった。


 ◆


「帝都は今相当に殺気だっているよ。帝国元帥が何名か帝都入りしている。軍編成が急速に行われているんだ。ゲルラッハ殿も軍に全面協力の態勢で、今は西域の帝国領土各地に師団だの旅団だのを送りこんでいる。人魔大戦の経験は過去3度あるからね、今回のような有事の際にも編成、出撃の流れはある程度円滑に行われている」


 キュンメルが紅茶を飲みながら説明をする。


「父上と母上はどうされたのです?」


 ロイの質問にレナードは短く答えた。


「王城に出向いている。二人とも高級将校だからね。今帝国は戦力を帝都に集中している。これはいずれかならず帝都にも魔王軍の侵攻が行われるからだ。しかし転移からの奇襲をされる事はない。なぜなら帝都は意図的に地脈を避けているからだ。これは過去の人魔大戦の教訓だね、転移門は地脈の近い場所に開く。しかし奇襲はないが侵攻はある。しかも大規模な侵攻が。それを率いるのは魔族でも上位の存在だろう。帝都はそれを迎撃する。しかし話は終りではない…が、それは今ここで言う事ではないな」


 レナードはそれから続く言葉を飲み込んだ。

 彼も不安だったのだ。

 戦争の行く末に。

 ゆえに少し話しすぎた。


 レナードは帝国宰相ゲルラッハの弟子であるために、今後の帝国の動きをある程度了解している。成功すれば問題は何も解決するだろう、しかし危険もすこぶるつきだ。


 レナードは帝国軍参謀部が発案した計画に疑念を抱かざるを得ない。


 果ての大陸が海の向こうにあるからといって無茶苦茶ではないか?いやでも先代勇者などは船でむりくり渡ったというし、案外アリなのではないか?などと考えるレナードだが、その表情は見事に内心を全く反映せず、ロイとマイア、ヨルシカなどは堂々としたレナードの言にある種の自信を感じさえしていた。


(東域はアリクス王国に誕生したという勇者、そして勇者に付き従う英雄達と協働し、転移門を利用して果ての大陸へ逆撃を仕掛ける。果ての大陸の戦力を可能な限り“こちら”へひきつけ作戦の成功率を高める必要がある。目指すは…)


 ――魔王暗殺




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レナードについてはこの話の後にサイドストーリーを投稿します。

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