どチンピラ

 ◆◆◆


 2つの異界が抗しあった特異な空間が崩壊していく。一同、そしてアンドロザギウスの骸は気付けば法の間にあった。


 アンドロザギウスの3つの顔は、もはやその顔を区別する事も出来なかった。

 なぜならすべて余さず朽ち果てているからだ。

 胴体の黒い棺が急速に風化していく。

 まるで彼がこれまで取り込んできた多くの者達が本来過ごす筈であった“時間”が一挙にやってきたかの如き有様であった。


「…一歩間違えば…私達がああなっていたかもね」


 ヨハンを肩で支えながら呟くヨルシカの言葉に、彼は雄弁なる無言で返した。


(そうだ。魔族、恐らくは上澄みの。それがこれほど強大だとは)


 力が足りないか、とヨハンは思う。

 だがもはや短絡的には考えない。

 力を得る為に禁忌を犯すつもりはもう彼には無かった。それに…


 ――法神の力を御す事が出来れば


 目の前の石床に干し肉のようなものが転がっている。それはかつて法神であったものだ。

 だが法神だったものはもはやその肉には宿っていない。それはヨハンの内に溶けている。


 目を閉じれば、視よ


 地平の果てまで広がる森林。

 中心で一本大きく聳え立つ大樹。

 葉を広げ、受け止める光。

 光を放つものは何か。

 小さな、太陽に似た何か。


 この美しい大自然が連盟術師ヨハンの心象世界である。

 しかし気軽に立ち入る事は出来ない。

 大地には紫色の毒の棘が生え、不埒な侵入者があれば串刺しにしようと身構えている。


 傍らを見ればヨルシカもまた眼を閉じていた。

 ややあって、その瞼が開き、一つの問いをヨハンへと投げた。


「…私は森かな?」


 ヨハンは答えた。


「森がなければ大地が荒れるよ」


 大地とはヨハンそのものであろう。

 ヨルシカはその答えに満足をして、まるで今気づいたかの様に周囲を見渡した。


 一面の、満身創痍。


 それをみたヨハンが邪悪な笑みを浮かべて言った。


「今強襲すればこの先の憂いを全て排除できそうだな、そう…お前が考えているように」


 ぎょっとした表情を浮かべる一同を尻目にヨハンはくるりと振り向いた。


 そこに居たのは…



「皆さん、お揃いの様で何よりです」


 虚ろな笑みを浮かべた、ミカ=ルカ・ヴィルマリー。


 ◆◆◆


「ル、ルカ…?」


 エルが喘ぐ様な声で問いかける。

 顔色は悪い。

 彼女の涼しげな髪色のせいもあるだろうか、蒼白を通り越して青みすらも感じられるざまであった。


 ギルバートは無表情でミカ=ルカを見つめている。一見して何の感情も抱いていないかの様に見えるが、その佇まいにはバネを思いきり縮めたかの如き勢いが密封されているようにも見える。


 事実として、もしミカ=ルカが何か不審な事をしでかそうものならば、ギルバートは一思いにその細首を念動で引き千切ってやるつもりであった。


 ――出来れば、だがな


 想像上の殺害を実行に移すだけの殺意はある。

 しかしギルバートはそれが叶うかどうかは疑問だと判じていた。彼は自身が卓越した業前を持つだけあり、ミカ=ルカの妖しさに不穏な何かが秘められている事を看破していたからだ。


 ――だが、殺る。もし、奴が動くならば


 他の者達も思い思いに警戒の念を込めてミカ=ルカを注視した。


 そんな一同の敵意混じりの何かを受けても彼女は動じず、逆に笑顔をエルに向けながら口を開いた。


「そう、ルカですわ。エルお嬢様。でもミカでもあるのです。アイラさん…あら?ドライゼンさんは?…そう、それは良かった。彼は少し苦手でしたから」


 青色吐息であったアイラの目に怒りの炎が宿る。

 命をかけて皆を護ってくれたドライゼンが、死んで良かった?


 既に魔力も枯渇しており、これ以上の術の行使は出来ないように見えたアイラは、魔力ではなく己の激情を火種として術を構築していく。


 小さい掌をミカ=ルカに向け、さあ命を削った熱線を放とうか、というまさにその時。

 彼女の手首を握り、押しとどめたのは四等審問官のエドであった。


 エドは否定と制止の意味を込めて首を振る。

 彼も戦いに身を置く者であり、その戦闘技術はアイラのそれより拙いとはいえ、それでも頭に血ののぼった彼女よりは冷静に状況を判断出来たのだ。


 エドはミカ=ルカが薄気味悪い笑みを浮かべながらアイラを見ていたのをしっかりと確認していた。そして確信した。

 あれは…あの、ミカの形をした何かはそれを待っていた、と。


 ■


「ふん、貴様は何なんだ?魔族か?それとも第三勢力か?何が目的だ。駆け引きは好きじゃないんだ。要求をいえ。俺達は疲れている。要求がきけそうなら話くらいはしてやる」


 ヨハンが横から口を出した。

 実際駆け引きと言うか、けん制のし合いには疲れていたのだ。

 本来自分達が戦うべき相手じゃない相手と命掛けで戦うハメになったのは誰のせいか?

 それはミカ=ルカである。

 まあノコノコとついていったヨハンのせいでもあるが。


 ともかくも、今のヨハンは法神を御すために多大な精神力を費やしていたこともあり、早めにその場の状況に白黒をつけたかった。

 白とは話し合い、交渉だ。


「では、要求がきけなさそうなら?」


 ミカ=ルカが尋ねる。

 それがヨハンをぷっつんさせてしまった。

 なぜか?


「話を聞いていなかったようだな…駆け引きは好きじゃないと言った。だが答えはでた。黒だ。死ね」


 ――雷衝・三叉


 バキンと術腕内の触媒が割れ、ヨハンの掌から三つに分かれた雷撃が迸る。

 白は話し合い、交渉。

 黒はそう、殺し合いである。


 ◆


「ヨ、ヨハン…いつから君はそんなチンピラみたいな男に…」


 ヨハンの短絡的な所業にヨルシカが慄くが、すぐに考え直した。


 ――そうだ、彼は初めて逢った時からチンピラみたいだったんだっけ



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挿絵ありです。近況ノートに

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