道中
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どうやら命の恩人である術師殿と剣士嬢は想い想われている関係であるらしい…だからこそミカ=ルカには術師殿…ヨハンの行動が理解出来なかった。
(彼はあの時、全く逡巡する事なく恋人諸共魔族を攻撃した…)
ミカ=ルカの考える男女関係の形において、ヨハンの行動は理解の範疇にはない。
だがそれよりももっと理解出来ない事は、ヨルシカと言う剣士嬢もまたそれを受け入れていると言う事であった。
「……絆っていうやつなのかしら?」
頭を捻るミカ=ルカだが、ヨハンやヨルシカとてミカ=ルカの事を一種の異常者だと見做している事を彼女は気付いていない。
ミカ=ルカの話では彼女が慕う師が魔族の足止めをして、のみならず恐らくは死んでしまったというではないか。
だが彼女はそれを悲しむ様子もなく、他人の色恋事情に悩む様な余裕振りを見せている。
勇者の死、恐ろしい力を持つ魔族の存在…これらを聖都キャニオン・ベルへ伝えるという使命を軽く見ているというわけでもない様だ。師の事についても心の底から慕っているらしい。
であるというのに、今の態度と言うのはやや異様と言える。
その事をヨハンがミカ=ルカへ訊ねると彼女は言うのだ。
<挿絵①>
「え?確かに悲しいですけどそれはそれですよ。私が悲しんだ所で魔族が倒せるわけでもないし、師や仲間が助かるわけでもありません。彼等の事についてはもう終わってしまった事なんです」
ミカ=ルカの言を聞いたヨハンは思う。
“俺と同じタイプの術師だな、だがもう少し精進が必要だ”と。
彼女の割り切り方は、様々な術を扱う者には良く見られるモノだった。術と言うのは机上で学ぶ事も大事なのだが、何より大事なのはその術に対する思い入れがどれ程深いか、どれ程自身へ根付いているか、どこまで狂気的に情熱を注いでいるかが大事だ。
だから一般的に術師というものが様々な体系の術を行使できる、ということは余りない。
人間はそこまで多くの対象へ情熱を注げる様には出来ていないのだ。勿論例外もいるが。
だがその情熱の源泉が複数あればどうであろうか?
複数の源泉とは簡単に言えば、術を使う為だけの最低限の機能を残した仮想人格の事である。
この仮想人格作成と言うのは荒唐無稽に思えるが、決して机上の空論ではない。
心と体に耐え難い苦痛を受け続けている者などが、“苦痛を受ける事を役目とする人格”を作り出し、痛みを一手に引き受けさせたりする…といった事例もあるのだ。
優れた術師は人格の分割が技術的に可能であるし、分割が為されればそれぞれの人格に数々の術を習熟させる…と言う事も可能となる。
だが心は、精神は、人格などと言うものはパンケーキの様にナイフを入れれば綺麗に切り分けられるというものではない。
様々な暗示を十重二十重に掛けつつ、計画的にストレスを与え…とにかく年単位で取り組むべき難業である
ヨハンという術師はこの辺りの技術が卓越しており、だからこそその在り方というものが秘術にも顕れたのだろう。
然るにミカ=ルカは…
彼女はやや失敗していると言える。
彼女は自然に割り切ってしまっているからだ。
ヨハンも同じ状況ならば割り切るだろうが、それは彼が割り切ることを決めたからである。
術行使のみを目的とした人格が本人格へ侵蝕してしまっているのかもしれない、とヨハンは考えた。
だがこの若さでここまでの境地に至るというのも、それはそれで卓越しており、なるほど教会戦力の精鋭と言うにふさわしい。
■
「ところで、ヨルシカさんの怪我の具合は…」
ミカ=ルカの言葉にヨルシカは笑顔を浮かべ答えた。
「もう大分良くなってきたよ。ヨハンの血が特に相性がよくてね。もう数時間も休めばまた飛んだり跳ねたりできると思う。それにしても魔族の術っていうのは怖いね…あっという間に意識が遠くなってしまって…」
笑顔から一転してヨルシカの表情が暗くなると、ヨハンは黙って肩を叩いて言った。
「気にするな。ああいうのは慣れないと抵抗は難しいんだ。俺も済まなかった。絡め手が得意そうなのは外見から見ても明らかだったのにな。俺が前へ出ればよかった。まあ次は同じ術には君もかからないだろう。来ると分かってれば途端に掛かり辛くなるものさ」
「そういえばヨハンさん、なぜあなたは魔族の術を使えるのですか?」
ヨルシカの“魔族の術”と言う言葉を聞いて思い出したのか、ミカ=ルカがヨハンに聞いた。
しかし、ヨハンはその質問に曖昧に答えミカ=ルカをあしらった。
(言う気はない。お前達と殺し合う事もあるかも知れないからだ)
ヨハンの内心がミカ=ルカに伝わる筈もないのだが、ヨハンの表情を見たミカ=ルカは彼に一種の境界線…線引きの宣言のようなものを感じ、それ以上を問う事はなかった。
馬車は進んでいく。
ミカ=ルカが馬車の窓から外を見ると、遥か遠く、聖都キャニオン・ベルのシンボルである白塔が霞んで見えた。
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