閑話:魔竜殺し③

 ◇◇◇


「とほほ……結局我輩は貴殿に改造される定めでしたか……」


 コムラードが変わり果てた己が脚を見る。

 その脚は黒光りする木材で作られており、表面には複雑な文様が刻まれていた。


「なぜ落ち込むのですか術師コムラード。その脚は良いものですよ。“貫き”の概念が付与されている先端部は、その気になれば中央教会の聖騎士が纏う聖鉄製のプレートアーマーですら貫き通すでしょう」


 コムラードは先の大戦でのエル・カーラ防衛戦において勇敢に戦い、結果して左脚を失った。


 コムラード本人としてはさほどの喪失感はない。

 脚を失ったことは残念だが、あの激戦で生き残る対価が脚一本と言うのは非常に安い……と彼は考えていた。


 そこで彼に目をつけたのがミシルだ。

 彼女は元々コムラードを強く意識していた。

 術師としては珍しい近接戦闘型のスタイルは、彼女の“子供達”たる作品群の良い実験台……いや、テストユーザーとして最適であったからだ。


「そういえば……彼らの事ですが……」

 コムラードがやや曇った表情で呟く。


「ああ、問題は無いでしょう。魔竜は油断ならない存在でしょうが、あの4人の方が遥かに危険です。防衛戦の際、術師ルシアン、術師マリー、術師ドルマがしでかしたことをお忘れですか?」


 ミシルの言葉をきいたコムラードはヌゥと唸る。

 コムラードの脳裏をあの出来事がよぎる。


 群れを成す魔軍の一角を吹き飛ばすのみならず、エル・カーラの大防壁及び住居区画の一部を木っ端微塵にした挙句に3人諸共魔力、体力の枯渇で瀕死になった出来事だ。


「アレを行使できるのは協会広しと言えどもあの魔女殿くらいだと思っておりましたがな……まさか3人がかりで力ずくで成し遂げるとは……滅茶苦茶な事を……彼らは学生時代から滅茶苦茶でしたが、成人してからも滅茶苦茶ですな。しかも才の泉が枯れる気配はいまだ無し、と」


 コムラードの言葉にミシルはその無表情を崩し、あからさまな嫌悪感を見せながら吐き捨てた。


「私はあの魔女は嫌いですけれどね。ふしだらすぎます。連盟だの協会だのと言うつもりは無いですが。彼らがあの術を行使しようと決めたのは魔女の影響でしょうが、どうにもあの魔女のふしだらさも影響を与えている様な気がします。特に術師ドルマ。婚前交渉なんて真似をするようなら私は彼をぶち殺します」


 妙にスイッチのはいってしまったミシルを宥めながら、コムラードはため息をついた。


「術師ミシルは本当に魔女殿がお嫌いですなあ」


 魔女……連盟の術師にして協会の術師でもある。その他にも様々な箔がべたべたくっついている異色の術師は、業前こそ卓越しているもののその性格がかなり個性的な事で知られている。


 才を惜しむ者、といえば響きはいいが、体でも金でもなんでもつかって“お気に入り”を手元に置きたがるのだ。


 彼女に弟子を盗られたり、恋人を盗られたりと被害者は結構多い。


 それだけ聞くとさぞモテるのだろうと思うかもしれないが、その辺の凡人ならばともかく彼女が好感を抱くのはいずれも才のある者ばかりであり、しかも才に溺れることなく人格面でも相応のモノを備えていたりする。


 そういった人物が、節操無くアレコレする者を女性として好むかといえば……。


 “魔女殿”は掌中の珠を育て、囲い、機を見て自身の男にしようと何度か試みているが、いずれもフラれている。

 師としてはともかく、恋人にはしたくないとフラれている。


 ◇◇◇


「ねえドルマ。あんたの毒は全然きかないわけ? ほら、鉱毒を風に流して~って陰険な手とかあるじゃないの」


 マリーの言葉にドルマが顔を顰めて答えた。

 ちなみに現在はルシアンが手綱を握っている。


「お前ね、俺はお前みたいに考えなしじゃないんだよ。考えて戦ってるわけ。大体陰険な手っていうのはルシアンの十八番だろうがよ。後、魔竜に毒はきかないとおもっていいな。魔族の毒だって殺せなかったんだぜ」


 ドルマはそういうが、実際彼の取る手は陰険だ。

 大地に染みこんだ毒を土の術で取り出し、風の術で敵手に取り込ませるというのは控えめに見ても正々堂々とした手ではない。


 まあ風の術というのは熟達すれば雷撃を放つ事も出来るのだが、ドルマとしては余り取りたい手ではなかった。

 まず、狙いが定まらない。


 雷撃を発生させる事は出来ても、狙った場所に当てることができないのだ。


 雷撃を狙い通り奔らせるには大気を操作して雷の通り道を作らなければならないのだが、コレが中々難しいわけで……。


「いいこと? マリー! かつて貴方達にモノを教えた術師ヨハンはこの様に言っていましたわ。勝てば何をしてもいいのだ、ってね! だから陰険だろうがなんだろうがよかろうなのですわ! お分かり!?」


 マリーはそんな事を言われた事はないが、なるほど、ヨハン先生ならそういうかもしれないな、と考え直す。


「確かにそうですね、アリーヤお姉様。悪かったわねドルマ。私はあんたの陰険な手を賞賛するわ」


 相変わらずマリーは頭おかしいなと思いつつ、ドルマは窓の外を見た。


 大地が荒廃している。

 地脈が荒れているのだ。

 それは魔竜の所業に相違ない。


 ──でかいトカゲなんぞとっとと片付けてアリーヤの親父さんに挨拶しにいかなきゃな……嗚呼、それと術師ミシル……


 ドルマとしては魔竜なぞよりアリーヤの父親とミシルのほうがよっぽどおっかなかった。

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