イスカを立つ

 ◇◇◇


 それにしてもギルドへはどう報告すべきなのだろうか? 

 教会関係者と見られる男が化け物へと変貌し、これを撃退した……など。

 死体を持ち帰ればいいのかもしれないが、ロイもマイアもシェイラも、正直いってそんなのはごめんであった。

 というか触りたくも無い。


「……とは言うものの、だねぇ……あいたた……」


 シェイラが脇腹を押さえぼやく。

 マイアの治癒により大分良くなったが、彼女も魔力がカツカツであるため十分な治癒は出来なかった。


「ごめんなさいね、シェイラさん……」


 申し訳なさそうに謝るマイアだってその右手は痛々しい。

 爪が残らず破砕し、少し動かすだけでも激痛を伴うはずだ。だがマイアはシェイラの治癒を優先した。


 ロイとて無傷ではない。胸には鈍痛が走り、一番近くで一番長く化物と対峙してきたため、精神的疲労も著しい。


 だが、大事なのは全員が生き残った事だ。

 3人の内の誰が死んだとしてもおかしくはなかったと、3人全員が理解していた。


 ◇◇◇


「それにしてもシェイラ、君の……その、それ……一体なんなんだ……?」

 ロイは恐る恐るシェイラの懐を指さす。


 マイアはうんうんと頷き、心なしかシェイラと距離を取っていた。


 シェイラは腕を組み、うううん、と唸る。

 脳裏には知人の術師の言葉がよぎる。


 ◇◇◇


「それは君の確実な生存を担保するものじゃない。しかし、君が命の危機に瀕した時には、それは身を呈して君を護ろうとするだろう。懐にでもいれておけ。ちなみにそれは繰り返し使えるが、使えば使う程にワンド自体の耐久力をすり減らす。使えて2、3回だろうな。最終的にワンドは割れてしまうだろう。そうなればもう使えない。割れた原因が第三者からの破壊であるならば、破壊した者へ守護の力が牙を剥く」


 ◇◇◇


 ──守護の力……そうかもしれないけど……間違ってはいなかったけど……


 釈然としないというわけではない、ヨハンから購入した御守りは確かにその力を発揮した。

 命が助かったのはロイ、マイア、そしてヨハンの御守りの力だ。


 命の値段としては格安といえる。

 だから納得はしている。


 だがどうもシェイラは首をかしげ、かしげ、かしげ……ううううんと唸ってしまうのであった。


(まあでも……助かったよヨハン)


 体内まで蔦触手に陵辱されながらも礼を言えるシェイラは人格者である。


 ◇◇◇


 結局3人は死体をそのままに、手ぶらで戻ることにした。というのももしあの干乾びたナニカが息を吹き返したらもうどうにもならないし、報酬は大事だが命はもっと大事だという基本的な事に気付いたからだ。


 自分達は金に目が眩んでいた、とはロイの言。

 マイアとシェイラも異論はなかった。


 規定の日数には1日余している。

 これは依頼失敗だな、と項垂れながら戻る3人だったが、案の定報酬は減算……されることはなかった。


 彼らが対峙した存在について話すとギルド職員の親父は血相を変え奥へ駆け込んでいった。

 代わりにやってきたのは上半身にぴったりはりついた薄く黒い服を来た禿頭の中年男性だった。

 なぜか鎖を巻きつけているという異様に3人は圧倒されてしまう。


 その男性は中央教会所属2等異端審問官ゴ・ドと名乗った。

 {挿絵②}

 ゴ・ドは3人の話をビキビキとこめかみに青筋を立てながら聞いていた。

 折に触れ“くそったれ”だとか“背教者共め”だとか罵っている。だが男性の怒りが3人に向けられているわけではなさそうなのでとにもかくにも事情を全て話したのだが……


 話し終えるとなんと男性から報酬が満額……さらにボーナスがもらえたではないか。


 彼らはそれを山分けし、笑顔で解散した。

 ロイとマイアは早く二人きりになりたかったし、シェイラは恋人にあいたかったからだ。

 祝勝会だのなんだのは恋の前では一握の砂ほどの価値もない。


 3人はそれぞれの恋人とこれからよろしくやるのだ。


 ■


 イスカを出立した。

 シェイラは無事だといいが。

 あそこまで忠言して危なそうな依頼を受けたりするほど彼女も阿呆ではあるまい……とは思うのだが、それなら嫌な予感だって感じなかったはずだ。


 まあいい、過ぎた事だ。

 彼女に運があるならば生きて帰れるだろう。


 馬車で腕を磨いていると、ヨルシカがサングインを持って寄ってきた。

 なにやら見て欲しいものがあるらしい。


「……少し待って……見てて欲しい」


 ヨルシカが指先を短刀で切り、剣身へと血を滴らせ、柄を握って目を瞑る。

 んん、だの、ああ、だの声が漏れているが……


「……ほら!」

 {挿絵①}

 目を見開いたヨルシカの瞳は赤く染まっていた。

 どこから見ても吸血種の娘にしか見えないが……

 サングインの能力か。

 術師ミシル……貴女は一体何を造ったのだ……。


「目が赤くなるだけじゃなくて少し体も軽くなるんだよねこれは。驚いたでしょ」


 “あと傷も治り易くなる”と先程きった指を見せてくるが、そこにはもう傷痕は無かった。


「元々はちょっとした魔剣だったそうなのだけど、そこにミシルさんが手を加えたそうだよ。分からせてあげた、っていってた。あの人は綺麗だし、優しいし、知的だけど少し怖い所があるね」


 ヨルシカの言葉には全面的に同意だ。

 術師には2種類のタイプがいる。

 頭の悪そうな分け方だが、直情型と理性型としておく。


 術師ミシルは後者だ。

 感情的になりやすい事を自分でも承知していて、感情を暴れさせて置きながらもう1人の自分で俯瞰し、制御しているのだ。

 こういうタイプは怒らせると怖い。


 ついでに挙げるが術師コムラードは前者。

 制御なんてせず思い切り感情を爆発させ、出力任せの格闘戦を行うらしい……見た事はないが、それもそれでアリだとおもう。

 こういうタイプも怒らせると怖い。


 ちなみにそもそも感情に乏しい者なんていうのは術師には存在しない。


 感情に乏しい者に合う役柄と言えばなんだろうな……。

 どちらかと言えば前衛の連中だ。特に盾役。

 自身の命の残量を計算して、ぎりぎりまで凌ぐのが連中の仕事なので、感情的では勤まらない。


 だが盾役が無感情な人形みたいな奴だと、それもそれで駄目なのだ。


 なぜならそんな奴に命を預けたがる者は余り居ないためだ。盾役をこなすには仲間から信用だけではなく、信頼もされなければいけない。

 能力さえあれば信用はされるが、人形みたいなやつを信頼するものはそうはいない。


 だから盾役というのは非常に難しい役柄として知られている。優れた盾役は常に冷静と情熱の間を行ったりきたりしているのだ。



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2等異端審問官ロクサーヌ

{挿絵③}

ハジュレイの幼馴染。

周囲に細かい氷の粒を撒き散らし、敵手がそれを吸引すると体内で氷の刃を爆裂させるという悪辣な手を使う。純戦闘能力では虫脳ハジュレイに劣るどころか大きく勝るものの、どうしても幼馴染を始末する事ができなかった。

結果的にそれが自らの死を招いてしまう。

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この回は近況ノートに挿絵を3枚公開しています。

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