勇者

◇◇◇


二等審問官ザジは中央教会でも穏健派に属する審問官だ。

この場合、彼らの考える穏健というのは別に優しいとかそういう意味ではない。

血を流す以外の方法があり、そちらの方が神の、組織の為となるならば選択する余地を持とうと考える事である。


神敵悉く滅ぼすべしと言うのは穏健派にとっても共感出来る事ではあるが、そういった考えが世界に受け入れられない事くらいは理解している。


それに、異教の神であろうともそれを信ずる人々にとっては尊いものなのだ。それをいきなり滅ぼされて“さあ、明日から法神を崇めなさい”といわれて心から帰依できるだろうか?


だから穏健派は武器と術を手に取る前に、可能ならばその異教の神ごと中央教会に取り込んでしまえと考えた。


更には穏便に、少しずつ自分達の居場所を広げていこうではないか、と。教会が無ければ生活する事すら困難となるまでに人々の生活に食い込んでいこうではないか、と。


日々の生活に困窮する人々、悪政に苦しむ人々を救い、法神の尊さを魂に刻み込んでやろうではないか、と。


そういった考えの是非は置いておいて、現に教会は様々な知識を人々に分け与えてきた。例えば孤児院。かつては育てられなくなった子供は売り払うなり、食ってしまうなりしていた蛮族の如き民草に倫理観やら慈悲の心なりを植え込んだのは教会である。


医療や衛生面でも、高額な布施を必要とする奇跡行使に頼らずとも、貧しいものでも工夫次第で実行可能な現実的な方法を教会は提供してきた。


性風俗といった産業も同様だ。

中央教会は三大欲求というものを理解している。


そういうものは厳しく管理するより、ある程度緩く管理し、余りにも逸脱したものについては“狩り”取ってしまえばいい。教会はその様に考えている。


まあ、そういった寛容な姿勢が中央教会聖職者の大乱交事件などと言った醜聞を起こした事もあるのだが…概ねはうまくいっている。


なお、件の事件に関わった性職者達は既にこの世にいない。

全員死んだ。

教会発表では事故だ。


こういった事だけではなく、時には王侯貴族が敷く政策にも口を出して、基本的には民の為に行動してきた。



ザジに事の次第を伝える。

植生の異変に気付き、あれよあれよという間に樹神が目覚め、よくよく話を聞いてみればその樹神ですらも魔族が“何か”に使おうとしていた事を。


そしてその魔族は果ての大陸の縛鎖が緩んだと、当代の勇者の怠慢を侮蔑していた様であったと。


更に、その高位の魔族とやらはどうやら分体であったらしい事も。


「高位の魔族の分体……ですか」


ザジは呟くとやや俯き、沈思黙考に耽っていたが、やがて顔をあげ、満面の笑みを浮かべたかと思うといきなり俺の手をとってきた。

殺気の類もなにもない動作だったし、動きの起こりすらも見えない業だったので全く対応できなかった。


「狂った地神、その黒幕たる薄汚く汚らわしい黒鼠を滅ぼしたという偉業。中央教会上層部と貴方方連盟は余り関係が良くは無い為、聖人認定は無理でしょうが、私はヨハン殿…貴方を聖戦士に相応しいと考えております」


聖戦士とはまた。

これは例えるなら、いつか語った認可冒険者のもっと凄いモノの教会版の様なものだ。

相応しいと考えている、と言う事なら正式な認定ではないだろうが、生半な覚悟で言える言葉ではない。


俺は頷いた。

「では聖戦士待遇として処して頂きたい。そして、その待遇は俺だけではなく、共に戦った者達にも。魔族の分体は恐るべき力を持っていました。多節からなる魔法の連唱。あれが出来る魔族はそうは多くない。我が身の根源を捧げた秘術により退ける事が出来ましたが、もう同じ札は切れない。俺は取り返しがつかないものを捧げたのです。恐ろしい事は、その取り返しがつかないものが何かを仲間から教えられても、俺自身が何も感じない事です」


ザジは俺の言葉を聞くと、一層強い力で俺の手を握り締めて口を開いた。


「このザジ…感動いたしましたあああぁぁぁああ!!!ぐ、う…う…う…」


そして泣き出した。

ここだけ切り取ると少しかわいそうなおじさんに見えるが俺は騙されない。


俺の見立てでは相当に使う。

俺とヨルシカが小細工なしで正面から素手で本気で殺し合えば、俺は10分でヨルシカに殺されるだろう。

ザジはそのヨルシカを20分で半殺しにする程度には使うと見た。

まあその時にはザジはヨルシカに腕一本、脚一本くらいは持っていかれていそうだが。


ザジが泣き止み、マトモに話が出来る様になるまでは少々の時間を要した。

そして勇者の事に話が及ぶと、ザジの表情が固まる。


痛い所を突かれた、というよりも理解したくない様な顔をしている。


「その事については…果ての大陸の縛鎖が緩んでいると言う事は…私も初めて聞いた事なのです」


まさかとは思うが勇者が既に死んでいたりするのではないかと最悪の想像が浮かんでしまうが、ザジが言うにはそれはないらしい。


「ただ、そのここからはヨハン殿の胸の内に留めて頂きたいのですが…」

ザジがいまいましそうな表情で言いよどんだ。俺は頷き先を促す。


安心して欲しい。

俺はお前達に拷問されても口を割らなかった男だ。割るもなにも、全ては誤解だったのだが。俺は今でも根に持っている。


ちなみに勇者とは法神の一方的な選別で生まれる超人の事だ。


ある日突然選ばれて、国も家族も捨て去って教会の子飼いとなり勇者として生きなさい、かわりに人知を超えた力と名誉を与えてやろう、そして人類の危機とあらば真っ先に死を賭して戦いなさいと言うのが本来の勇者選別だった。


ちなみに選別された勇者が死ぬと次の勇者が選別される。


ただ、選別基準は余りに不可解なのだ。

農村の少女が選ばれたり、生まれたばかりの赤子が選ばれたりする事もあるという。


そして、これはマルケェスが言っていた事なのだが…法神とはあるいは神ではなく、神の名を借りたある種の機構なのではないかとの事だった。



ちなみ現在ではそういった非人道的な扱いではなく、ちゃんと家族や生まれた国との関係は保たれている。


教会は選別された勇者に勇者としての振る舞い、役目を教育し、見返りとして相応の待遇を与えているとの事だ。

と言ってもちょっとした貴族待遇程度だそうだが、勇者の多くは平民出身だと言うからそれで十分満足するのだとか。


これは倫理云々の問題ではなく、キレた当時の勇者が叛逆し大きな被害を齎したからである。


「勇者の振る舞いが…その、勇者足るに相応しくなく、民草にも被害が出ていると…。そして、身内の恥を晒す事になりますが…過激派がこれを殺害しようと画策しており…当代勇者はそれと察して逃走してしまったと…そして、穏健派…つまり、我々は過激派に先んじて勇者を確保し、再度教育を施そうとしているわけなのです…。場合によっては我々と過激派の間で内戦となるでしょう」


なるほど、当代勇者を殺害する事により、再選別しようという事か。

かつて聖光会で取っていた手段だな。

それは背教的にも思えるのだが、不可解な事に法神は罰などを与えようとはしない。


そりゃ魔族も出てくるわけだよ!

「それは魔族も出てくるでしょうよ…」


しまった、つい言葉に。


ザジは怒るわけでも不機嫌になるわけでもなく、“仰る通りです…”としょんぼりしていた。

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