樹神①

 ◇◇◇


 子供が斬り殺されている

 子供が焼き殺されている

 子供が砕き殺されている


 自らの体の一部にして眷族、そして子供とも言える異形らの声なき断末魔が樹神の神経を酷く逆撫でする。


 響き渡る絶叫にもはや耐え難いとばかりに、樹神は甘いまどろみの海から這い出ようとしていた。


 怒りの咆哮が空を割る。


 ◆◇◆


 SIDE:ヨルシカ


 緑色の光球が台座から浮かび上がった。

 すると━━……


「木が……いや、森が吸い込まれていく……?」


 緑色の光の球が木々を吸い込み始めたではないか。

 木々が引き抜かれてバキバキと圧し折れ、緑色の球に集まっていく。

 幸いだったのは、その球があくまでも木々のみを吸い込んでいるという点だ。もし人間を吸い込む様なものならひとたまりも無かっただろう。


 次の瞬間にも何が起きるか分からないのだから目を離すべきではないのだけれど、私はヨハンを見てしまった。


 彼もまた光の球を見上げている。

 特に焦った表情を浮かべているという事もないが、彼の場合は安心出来ない。なぜならああいう表情で自分の命や周囲の命を勘定に入れるからだ。

 まあそれならそれでも構わないのだけれど。

 命を賭けてくれるといわれてしまったからには、命で応えねば女が廃る。


 ヴィリと呼ばれた少女との関係は気になるが、あれは男と女というよりは、家族のような気安さ……そして何よりも話が長い。

 連盟の術師なのだろうか? 

 それにしては術師然としていないが。

 私が彼女を見ていると、ヴィリは私の視線に気付いたのかこちらへ歩いてくる。


 怒らせてしまったか? 

 と私が心配した瞬間


 パチン! と尻を叩かれた! 

「痛た! ちょっと! どういうつもり……」


 私がそう言いかけるとヴィリという少女は酷く生意気そうな笑みを浮かべ、“あたしとヨハン君はそういうのじゃないから”とだけ言って再び緑の玉を見上げた。


「緊張感がない」


 グィルがぽつりと呟き、シルヴィスが頷いている。

 私が悪いのだろうか? 

 そうかな……? そうかも……


 ■


 どうやら腹一杯食ってすっきり目覚めた様だ。

 目の前に鎮座するのは、周囲の木々……森の一部を食い顕現した森の神……らしきもの。

 さながら樹木で構成されたゴーレム。

 似てはいるがウッドゴーレムとは訳が違うのだろうな。


「言っとくけどヨハン君、アレは私一人で殺るから」


 ヴィリがそんな事を言う。

 知っていた。

 しかし本当にコイツは協調性がないな。

 ここは皆で殺る場面だろ? 


 とはいえ、それがヴィリの拘りであるならそこは尊重。

 だから俺は頷いて、ヴィリにエールを送った。


「ああ。しっかり殺りな」


 うん、と笑ってヴィリは駆け出していき、緑の光の更に上空へ飛び上がった。あれだけ飛べるなら今は大分気分が乗っているという事か。


 ヴィリは以前とある出来事が原因で落ち込んでいたとき、痩せた野良犬にさえ食い殺されそうになっていたが、気分があれだけ高揚しているのなら心配は要らないかもしれないな。


 ◆◇◆


 SIDE:ヴィリ・ヴォラント


 以前ブッコロした奴とはちょっと格が違うかも。

 でもだからどーしたっていう話で。

 英雄っていうのは出来るか出来ないかじゃなくって。

 やるかやらないかが大事だし。


「あたしはさぁー。お前らの事大ッッッッッ嫌いだけど、ナメたりはしないんだよねぇ。でもお前はあたしの事ナメてていいよ、油断ぶっこいたまま…………」


 ━━“英望顕現”


「くたァ……ばりィ……なァ!!!!」


 ◆◇◆


 SIDE:ヨルシカ


「くたァ……ばりィ……なァ!!!!」


 あの高さまで飛び上がった事は凄いと思うけれど、あそこから何をするのだろうと見ていたら、ヴィリが剣を振りかざし……叫びと共に……なんと、剣をぶん投げた! 


 ええ!? と思ったのもつかの間、剣は樹神に迫る毎に大きくなっていく。

 金属を大きくするなんてそんな馬鹿な事、いくら術でも可能なんだろうか? 


「アレは剣の形をした術だからな。まあ自由に出したり消したりは出来ないみたいだが」


 そんな私の疑問に答えるかの様にヨハンが言う。

 自由に出したり消したりは出来ない……え、でもそれならなぜ投げるのだろう。


 私の目が一瞬疑問に曇る。

 ヨハンはそんな私の目を見て、1つ2つと頷いた。


「何故投げるのか不思議かい? それは、ヴィリが馬鹿だからだ。彼女は剣を投げる事をカッコイイとおもってる。魂がガキなのだ」


 余りにも酷すぎる答えに私は愕然としてしまった。

 だがなんとなく納得……。

 私の反応を見てヨハンが続けた。


「ヴィリの術の根源は一言で言ってしまえば英雄願望だ。あのでかい剣の出所は……うーん。巨神殺しのシグリッド辺りの逸話かな……? アイツの術はその最大出力下において、自分が知る限りの英雄譚で使われている神器だのなんだのを自在に扱えるようになるというものだ。そしてその武器を振るうに相応しい身体能力向上をも齎す」


 極限られた時間だけね、と言うヨハンの言葉に私は驚きを隠せなかった。

 時間制限があるとしたってそんな無茶苦茶な術は聞いた事がない。

 それが本当なら(本当なんだろうけど)、歴史に名だたる聖剣や魔剣、神剣の類だって使い放題って言う事じゃないか。


 というよりそれは術なのか? 

 何か別の力なのでは……そういぶかしんでいると、グィルが口を開く。


「彼女も連盟の者だろう? ならばそれだけで説明がつく事だ。彼等は……そこのヨハンもまたそうだが、その全てが飢え、焦がれ、満たされぬ者達。すがれるのは己だけ。心に大きい大きい穴が空いているのだよ。そして術の神は……そんなものがいるとしての話だが、そういう哀れな者にこそ強く微笑む。私から言わせて貰えば、そんなものは神ではなく、悪魔だがね」


 ■


 グィルの説明をきいたヨルシカが何か哀れな者を見る目で俺を見てくる。

 屠殺前の子羊を見る子供の様な目を向けられると少し照れてしまうな。


 だが概ねグィルの言う通り。

 俺達は皆寂しがり屋なのだ。


 1人である事と独りである事は似ている様だが全く違う。

 世間の他の者達の事は知らないが、少なくとも俺達は皆独りである事に耐えられない。

 かといって上辺だけの関係を維持していく事にも耐えられない。

 他者の知るべきではない心まで知ってしまうその愚かさ故に。

 だから集まって家族ごっこをしている。

 いい年をして馬鹿みたいな話だが、それが偽りの無い事実だ。


 ならば一緒に暮らせばいいのかもしれないが、無理だろう。

 俺達は皆仲が良く、互いが互いを大切な家族だと思っている。

 だが、寄り集まれば殺し合うだろう。

 残念ではあるが、皆そういうねじくれ方をしている。


 大切な家族を殺さないため、そして大切な家族に殺されないために俺達は一箇所に留まる事はない。


 ……おお? ヴィリの剣が樹神の脳天をカチ割ってるな。

 だが、ううん……やはり植物が元なんだろうか? 

 頭を割られても、すぐにそこへ木々が寄せ集まって埋めてしまう。

 持久戦はヴィリの最も不得意とする所だ。

 術の性質もそうだし、あとヴィリ自体も短気な為である。


 ともかく樹神とやらもそしてヴィリも。

 手札はまだ何枚も持っているだろう。

 その手札が尽きたほうが先に死ぬのだろうな。


 だが目下の所の問題は、樹神復活により目的地を把握した別働隊の連中だ。

 もうすぐ来るんじゃないか? 

 戦力が増える事は嬉しいのだが、もし横槍でもいれようものならヴィリに殺されてしまう。


 ヨルシカにそれを伝えると顔を真っ青にして周囲を見渡し、グィルは呆れてシルヴィスに二言三言指示、それを受けたシルヴィスは部下の2人に更に何か指示を出していた。


 探知が打てるならいいのだが、大森林自体が樹神の領域の様でどうにも術が上手く起動しないのだ。


 俺も戦いはとりあえずヴィリに任せ、余計な死人が出ないように周囲を警戒するとする。

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