エル・カーラの夜明け

 ◆◇◆


 コムラードは腰を落とす。

 この時点で彼はやや迷いを抱いていた。

 最終的に逃げる事は決まっている。

 だが、そこまでどう持って行くか? 


 “岩纏鎧”は懐に抱いたショート・スタッフが核となり鎧を為す。

 従って、“石の花”など鎧そのものを投射するような術はともかく、鎧を纏ったまま別の術で遠距離攻撃を仕掛けるといった事は出来ない。


 高速移動の術はあるにはあるが……と悩むコムラードだが、彼の悩みはすぐに解決された。


「貴方、少し鬱陶しいですね」

 フェアラートがコムラードへ向けて手を指し伸ばす。


 同時にコムラードの体が金縛りに掛かったかのように動かなくなった。いや、正確にいえば体自体は動く。しかし、身に纏った岩の鎧がコムラードの意に一切従わなくなったのだ。

 意が通っている感覚はある。しかし見えない外力に抑さえつけられたかのようにぴくりともしない。


「うふふ。実は私、石のあしらい方には些かの自信があります。貴方のその石ころ……もう動かないでしょう?」

 コツコツとフェアラートが近付いてくる。


「権能を使わされてしまったのは予想外でしたが」

 その右手にはナイフが握られていた。


「これでお仕舞いですね。生体が欲しかったのですが、貴方ほどの術師であるならば死体であっても良い栄養になるでしょう……なにか言い遺すでもありますか?」


「…………め」


 コムラードが小さい声でぼそりと呟く。


「え? なんですか? もうお話できなくなるのですから、ちゃんと聞かせてください。命乞いでも構いませんよ。無様に命乞いをしてくだされば助けてあげるかもしれません」


 コムラードの目が大きく見開かれる。

 禿げあがった頭部に浮き上がった青筋の数は、そのまま彼の怒りを表しているようだ。


「馬鹿め!! そう言ったのだ間抜けがァ!! 吹き飛べ! “土轟発破”!」


 “意が通っている感覚はある。しかし見えない外力に抑さえつけられたかのようにぴくりともしない”


 であるなら、動かすことは諦める。

 だからといって爆破すればいいなどと考えるのは、コムラードが無謀だとか阿呆だ馬鹿だとか、そういう訳ではない。

 コムラードの手札に、ある程度のリスクを切らずして今の危地を状況を脱する札がなかっただけの話だ。


 土轟発破は石や岩を火山と見立て、内側より激しく破砕させる土と火の複合術である。

 石の花と似ているが、石の花はあくまでも高速で外側に射出しているだけだ。

 土轟発破は石そのものを、わかりやすく言えば爆破する。


 外力で抑えつけられているなら、その力が大きければ大きいほどに爆破の威力は増すだろう。


 閃光。

 そして轟音が、夜のエル・カーラに響き渡った。


 ◆◇◆


 SIDE:フェアラート? 


 まさか自爆をするとは。

 あの後辺りを探してみたがあの男の死体はなかった。

 逃げ延びたか。

 大分権能を使わされてしまった。

 仕方がない……まだ尚早だが儀式を完遂させるしかあるまい。

 隠れ家が近い事が幸いか。

 不十分であっても受肉さえしてしまえば人間等に敗れる道理はない。


 ・

 ・

 ・


 隠れ家だ。

 権能が使えなくなればこの身はか弱い一個の人間にまで堕す。

 急がねば。


 ……力ある者の血で描いたシジル、その中心に蛆の湧いた心臓の肉を乾燥させたものを置き……



『蒼き死よ。廻り巡りて流転せよ “円渦氷輪斬” 』



 ◆◇◆


 隠れ家の扉を開けたフェアラートはぎょっと目を見開いた。

 ぎゃりりと音をたてながら回転乱舞する数十本もの氷の戦輪が襲い掛かってきたからだ。


 咄嗟に手を掲げ、頭部を守るもその腕はズタズタに引き裂かれる。


「ぎゃアアアァァァァア!!!」


 権能を使うか使わないか迷ったのか、あるいは他の理由か。

 フェアラートは素のままにそれを受けてしまった。

 肉が引き裂かれ、凍結し、そこへ更に氷の回転ノコギリが襲い掛かる。


 絶叫するフェアラートへ静かに話しかけるのは協会所属準一等術師ミシル・ロア・ウインドブルームだった。


「魔導学院1年。生徒ミア・フォスター。フワフワとした栗毛色の髪の毛が印象的でした。花が好きで、生育系の術を佳く学んでいました。腕だけ見つかった彼女を見た時はとても残念でした。彼女は術の精度を上げる為に印を刻んでいましてね。それで特定できました。貴方方が殺したのですよね?」


 ミシルが訊ねると同時に戦輪が唸りをあげ、フェアラートへ叩き込まれる。


「魔導学院1年。生徒エディ・ノックス。遅刻の常習でした。朝は弱いのだとか。目覚まし薬を分けてあげたのを覚えています。進級できるかどうか怪しい所でしたが、努力はしていたように見えました。出来の悪い子程可愛いのでしょうね、どうにも厳しく叱る事が出来ませんでした。貴方方が殺したのですよね?」


 ぎゃりぎゃりと回転する戦輪はやがてフェアラートの右腕を引き千切ってしまった。


 ミシルの質問、即攻撃はそれから13回。きっちり15回に及ぶ。

 言うまでもないがそれはエル・カーラ魔導学院で行方不明、あるいは死亡した生徒の数のそれと一致した。


 フェアラートもフェアラートなりに身を守ろうとはしたのだ。

 権能を使い、その身を硬質化させ、迫り来る暴虐の回転刃から身を守ろうとはした。

 万全の状態ならば多少なり防げ得たかもしれない。

 しかし、コムラードとの交戦で想像以上に権能を使わされていた。

 残り少ないソレを絞り出し、多少は防ぐ事には成功したが、立て続けに攻撃をぶちこまれ、既に権能という力を満たした器は枯渇している。


「ほ、他の者達は……?」


 達磨になったフェアラートが問うと、ミシルは首を傾げ、そちらは“彼”へ任せていますから、と言った。


 ◆◇◆


 SIDE:邪教徒A他



「そんな目で見ないでくれ。俺も好きでやっているわけではないのだ。仕事だから仕方ないだろう。君ら邪教徒じゃあるまいし、誰が腑分けなぞ好んでするものかよ。俺はどちらかと言えば草花を好み、争い事を厭う平和主義者なんだぞ。だがね、今回の仕事を完遂させるには、どうしても君達が必要なんだよ。まさか生徒達を攫えとは言うまい? 術師を攫うんだから君達も似非とはいえ術を使うんだろう? だったら素材としては十分使えるのだ。まあ俺は君らのような存在を術師等とは認めないがね。術使われとでもいうべきか。……よし、シジルのこの位置に心臓を置くと。しかし君らも阿呆だなあ。不死や不老などに憧れるなど……。お伽話じゃあるまいし。君はエルフェンを知っているかね? 彼等は放っておけば1000年も2000年でも生きるとされている。だが、殆どのエルフェンはそこまで生きる事はないんだよ。なぜかって? いや、話させろよ、どうせ死ぬんだから学んでから死んでいきなさい。彼等エルフェンはね、自殺してしまうんだ。なぜって、悠久の如き長い年月に心が耐え切れないからさ。でも極稀に、心が死んでなお体が生き続けてしまうエルフェンもいる……非常に厄介な連中だ。……あれ? あぁ……死んでしまった。出血多量か。まあ血はこうして布に吸い取らせて……こう、絞れば……よしよし、いい感じだ。ああ、レイゲン、そこの彼を持ってきてくれ。ちなみに最後は君を処理するよ。おいおい泣かないでくれよ……どうせ君らも攫った生徒達に同じ事をしたんだろう? 何事も順番だ。次は君達の番というだけだ。ところで、俺は子供というモノは好きじゃないのだが、教師と言う仕事をやるにあたって、やや価値観を変える事にしたんだ。君達の苦しみが子供達の霊を慰撫できるとは思わないが、俺は君達を、死ぬほど苦しめてから殺したい」



 殺して……殺してくれ……悪魔だ、この男は……悪魔……



 ◆◇◆


 SIDE:ミシル


「術師ヨハン」


 私が呼びかけた時、彼は床に血で魔法陣を描き、そこら中に臓物を撒き散らしてレイゲンと名乗った暴漢を脅かしていた。

 連盟の新しい杖は真面目な性格だととあるツテから聞いていたが、本当に仕事熱心で結構な事です。

 欠点はやはり話が長すぎる事……でも話が短い術師は相対的に見て未熟な者が多く、術師として頼るつもりなら話が長い者を選んだほうが失敗がない。


「ん、ああ、術師ミシル。そちらは済んだのですか? 殺してはいないでしょうね。殺してしまうと逃げ出されてしまいます」


 私は左手に持った「それ」を確認した。

 息はしている。大丈夫、生きている。

 それどころか憎悪に満ちた視線でこちらを睨んでいる。

 この傷、出血量でよく生きているものだ。


「はい、生きています。言われたように動けなくしておきましたよ」


 私がそういうと、彼は駆け寄ってきた。

 酷く血腥い。


「ではチャキチャキ仕事を進めましょう! では「それ」を貸してください。んん、思ったより軽いですね。やはり四肢がない分運びやすい。切断して正解でしたね」


 彼に「それ」を手渡すと、ズルズルと引きずって血の魔法陣の中心へ放り投げた。


「ほら、お膳立てはしておいたぞ。さっさと顕現しろ。お前が成り代わっているのはとっくに分かっている。お前とは1度対面しているからな。視た時、なんとなく懐かしいものを感じたよ。そこでレイゲンの話もあったからな、ああ成程と得心したわけさ。お前は前回も皮を被っていたからな。癒しを与え、石化を司り、変身の能力を持つ悪魔サブルナックよ。久しぶりじゃないか! 以前一度ぶち殺してやった事があったな? 俺に殺され、悪魔としての格を大幅に削られ、魔界だかなんだかでイジメにでもあって、耐え切れずに力を取り戻そうとでも思ったのかい? どうした? そんなに睨んで……何か言ったらどうだ?」


 本当に嬉しそうに煽りますね……。

 彼は連盟の中では会話が出来る方だけれど、やっぱりちょっとズレてるのかもしれない。悪魔より邪悪に見える。


「貴様ァ! この様な真似をして「喋るな」ぐぁッ……!」


 ああ! 蹴飛ばした! 

 フェアラート……いえ、サブルナックの顎が……

 あれは砕けてますね……


「すまん、何か言えといったのは俺だったか。訂正する。何も喋るな。悪いな、蹴ってしまって。謝罪するよ」


 ■


 危なかった。

 悪魔に何かを話させるというのは良くない事だ。

 連中はその身そのものが魔術的存在なので、術師の使う術のようなものを詠唱無しで使って来る。

 これを権能と言うのだが……サブルナックは石を投げたり石化させたりしてくる。初めてまみえた時にもドンドコ石を投げてきて大変だった。


 それにしても行動が遅いな。

 顕現してもらわないと困るのだが。

 このままその体で死なれる方が面倒だ。

 事件は一時的には解決するだろうが、時間が経てばまた湧いてくる。

 物質界に住む人の手で悪魔を本当の意味で殺すというのは非常に難しい。

 高位の聖職者ならともかく……。



「大方、より多くの人々を癒さんと志す教師フェアラートをだまくらかしたのだろう? 信仰系の術を得意とするものは非常に純粋な者が多い……。彼女の事は知らないが、恐らく本心で世界中から苦しみを無くしたいくらいの事は考えていたのだろうな。ふふふふ、確かに強力な癒しの力は、永遠の命とやらがあったとすればそれへの鍵足りうるかもしれない。石化の力もそうだな。石と化し、不変の存在となればそれはある意味で不老であるとも言える。君ら悪魔は契約の際、嘘はつけない。つまり虚偽の契約は結べない。だから都合のいい事だけをくっちゃべったのだろう? 教師フェアラートへ。それで首尾よく成り代わったというわけだ。なあ、それ、前もやってたじゃないか! なんで同じ手を使うんだ? 悪魔とは馬鹿の代名詞じゃないだろう? 恐怖され、嫌悪されなければいけないのに、なんで馬鹿にされる様な事をするんだ? さては悪魔サブルナック、君は悪魔ではなくて別の何かなのか? ……自分で言った事だがありえる話だな……人間の術師なんかにそんなザマにされる悪魔なんぞいるはずがない。例え1度俺に殺されて弱体化してたとしてもだ。今すぐ悪魔の皆さんに謝りなさい。悪魔のふりしてごめんなさい、と」


 ◆◇◆


 72の悪魔の1人、サブルナック。

 青ざめた馬の下半身を持つ獅子頭の大悪魔。

 癒しと治らぬ傷、石化の力を持つ彼の心中はいかばかりだろうか。


 悠久に等しい彼の人生……いや、悪魔生でも、矮小な常命の者にここまで愚弄された事はいまだかつて無い。


 確かに悪魔という存在は物質界に在る限りはその力に大きな制限が掛けられる。

 それを差し引いてもなお、悪魔と人間の力は隔絶しているはずなのだ。


 ━━それなのに


 とサブルナックは屈辱の炎で身を焦がす。


 一度目は確かに破れた。

 その時魂はバラバラに引き裂かれ、魔界に在る本体とも言うべき体にも深刻な傷を負った。

 本来ならばその様な……魂に痛打を与えるような事は出来ないはずなのに。

 しかし愚痴を言っても始まらない。弱った魂を癒すため、この女の弱い心へ付け込み、乗っ取ってやった。

 後はこの体を使い、十分な数の贄を集めて魂を完全に癒すつもりだった。だというのに……


 彼はそう煩悶する。


 ・

 ・


 だがサブルナックは気付いていない。

 サブルナックの魂に深刻な痛打を与えたのは、他ならぬサブルナック自身であると言う事を。

 たかが常命風情に悪魔という偉大な存在が敗れるなどと言うのは、自己のアイデンティティの崩壊にも等しい。


 人間を見下せば見下す程に崩壊は進んでいくのだ。

 その弱い人間に敗北した自分という存在を、他ならぬ自分が許せないのだから。



 ◆◇◆


 SIDE:サブルナック


 既にこの人間のやり方は理解している。

 中途半端な顕現であっても、この場にいる者を皆殺しにする事は赤子の手を捻るより容易い。


 悪魔を侮った報いに永遠の苦しみを与えてやろう。

 2度の敗北はない。

 あってはならない。


 ◆◇◆


 フェアラートの、いや、サブルナックの体が黒い靄に覆われていく。

 血のシジル……魔法陣が紅く輝き、各所へ置いた臓物が干からびていった。


 そして、黒い靄から顕れたるは全身を蒼灰色に染めた獅子頭の怪物。

 隆々と盛り上がった筋肉は、腕の一振りで人間等ぺしゃんこにしてしまいそうだ。


 ミシルはごくり、と生唾を飲み込んだ。

 錬達の術師である彼女をして、畏怖させるに足る威圧感。

 心細さからか、思わず側に佇む連盟の青年をみやる。


 当の青年……術師ヨハンはニチャニチャという擬音が相応しい、率直に言えば非常に下品な嗤いを浮かべていた。


 うわ、とミシルはヨハンにドン引きしてしまう。


 ■


 仕事は9割は済んだか。

 俺はホッと一安心した。

 ちゃんと顕現してくれてよかった。

 やはり言葉には力がある。

 話せば分かってくれるものだ。

 挑発もまたコミュニケーションだ。


「物質界へ顕現おめでとう、似非悪魔サブルナック。か弱い女を口先でだまくらかし、その辺の木っ端人身売買組織みたいな真似をして得た身体は快適か?」


 パチ、パチと拍手をしながら俺はサブルナックの顕現を祝福してやった。


 するとサブルナックの両眼が紅く輝き始める。

 石化の魔眼か。


「うぅッ!?」


 ミシルの声。

 振り向けば、つま先から徐々に石へ変わっていっている。

 相変わらず滅茶苦茶な術だ。

 眼をペカーっと光らせるだけで石化させるとは。

 だが……


『貴様は何故……石にならない!!』


 さて、どうする。

 説明を求められてしまうと、語りたくなってしまう。

 語らずしてなにが術師か。

 だが、放っておくとミシルが石になってしまう……。


 仕方ないので俺はサブルナックへ近付いて、自慢気に晒している腹筋へ腹打ちをくれてやった。


 はっきりいって俺の腕力なぞたかがしれている。ダッカドッカあたりと腕比べをしたら、俺が10人居ても負けるだろう。


『━━うごォッ……!!』


 だがサブルナックは身体を折り曲げ、腹を抑え呻いていた。

 同時に魔眼が解け、ミシルの身も自由となった。

 しかしこれで攻撃をやめる理由にはならない。

 サブルナックがかがみ込み、立派な鬣がつかみやすい位置に来たので両手でしっかりと握る。

 そして膝だ。


 俺のたいした事はない膝蹴りはサブルナックの鼻ッ頭を叩き潰し、青い血が飛び散った。


「あ、あの術師ヨハン……? なぜあなたは無事なのです……? そして悪魔をそのような……」


「はい。術師ミシル。先刻、俺がもう格付けは済んでいる、と言ったのを覚えていますか?」


 ええ、とミシルが頷いたので先を説明する。

 説明の間も踏みつけたり、蹴り飛ばしたりする事を忘れない。


「悪魔とは恐ろしい存在です。基本的に人間等が束になったって敵うような存在ではありません。剣で切りつけようと、術で吹き飛ばそうと無駄な事なのです。なぜなら彼等の本体は魔界……と呼ばれる場所にあるからです。そこは物質界とは相が異なる場所であるため、物質界という相の生物がいくら抗っても無駄な事でしょう。悪魔、という属性をもつ術のような存在だと思って下さい」


 サブルナックがこちらを指で指してきた。

 不可治の呪い。決して治らぬ傷を与える悪辣な呪法だ。


 使わせないように指を掴んでグイっと甲の方へそらした。

 折れたようだ。

 良し。


「彼等を打倒する手段は一つ。彼らの悪魔としての存在意義を否定する事です。悪魔はどの個体も役割が与えられています。彼等悪魔が悪魔として存在する為に必要な役割がね……例えば物を燃やせず熱もない火があったとして、それは火たりえるでしょうか? 火は燃えるからこそ、熱いからこそ火なのです。火種にもならない、暖も取れない火があったとしたらそれはもはや火ではない」


 蹴り! 

 蹴り!! 

 蹴り!!! 


 三段蹴りだ。

 つまり三回蹴る。


 ミシルへ説明する間にも、サブルナックを痛めつける事を忘れない。

 本当はミシルにやらせてあげたいのだが、彼女では無理だろう。

 彼女が弱いという訳では無い。

 俺が何の準備もなしに面と向かって彼女と直接戦闘した場合、勝てるかどうかは非常に怪しい。

 勝算は7対3と言った所か。

 俺が3だ。

 だが、彼女では出来ない。

 なぜなら彼女はサブルナックを優越していないからだ……。




「過去、俺はサブルナックをそういった手段で打倒しております。詳しくはその内お話しますよ。ただ、まあそれだけならばこういった事にはなっていないと思うのですが……このサブルナックという悪魔は人間を酷く見下しておりましてね。遥か劣等の存在に敗れた自分という存在を、サブルナック自身が許せないのですよ。自分で自分が許せない、そして俺の事も許せない。なんとか復讐をしたい……そんな思いを抱いていたのでしょうねぇ。だがそれは悪魔という強大な存在を、自らの手で人間と同じ土俵まで引きずり下ろす行為に等しい。喧嘩は同じ程度の者同士でしか起こらない、みたいな話を聞いた事がありますか? あれと同じです。このサブルナックという悪魔はもはや俺の前では悪魔ではないのです。自分の手で自分の格を下げてしまっている。そして……彼奴等が術的な存在であるならば!」


 足を振り上げる。

 サブルナック、その表情はなんだ? 

 怯えているじゃないか。

 怖いか。

 そうだな、こんな状況で2度も殺されれば……。

 ましてや受肉顕現などをしていれば……。

 お前という存在そのものが消えて果ててしまうものな。

 でも、死ね。


「この悪魔の精神を完全に優越している俺が、術比べで負けるはずがない。準備さえ出来るのならば、俺は神だとて殺せる自信があります」


 振り下ろした俺の足は獅子頭をぐちゃりと踏み潰す。

 蛇足ですが、と俺は続けた。


「自慢ではないのですがね、俺は弱いものには強いのです」


 “本当に、自慢にならないですね……”

 ミシルがぼそりとつぶやくが、黙殺。



 ◆◇◆


 SIDE:アリーヤ


 ちょちょちょちょちょおっと! どういうことですの!? 

 なんで恩師コムラードが焦げ焦げで倒れていますの!? 

 刺客!? 

 刺客は殺しますわ! 


 ああでも師ミシルは銀の月に行けと……

 でも人命優先ですわよね……わたくしは協会の術師! 

 連盟の術師とは違いますわよ! 


 さあ癒しの術を……使えない!! 

 私は壊すことしかできませんわ!! 


『……ふ、ふところ、に……』


 あ、生きている!? よかった、ええと懐……


『治癒、の……』


 任せてくださいませ! これですね! さあ! 飲んで飲んで! 

 さて、どうかしら……うん、随分高い治癒薬だったみたいですわね。この分ならまさかの事態もなさそうで安心しましたわ。


 ……あら? そろそろ夜が明けますわね……。

 この時期は日の出が早くて早くて……そろそろ暑い季節が来るのかしら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る