エル・カーラ①

 

 ■


 ギルドへの報告、報酬の受け取り。

 死者たちの弔い。

 そんな諸々が済んだのはヨハン達がヴァラクへ帰還して数日後の事だ。


 ヨハンはヨルシカを見送る為に馬車の待合場所へ来ている。


「ヨハン、私も本当は君についていきたいのだけれど。1度都市同盟の…お世話になった人たちにこのお金を届けたくってね」


 ヨルシカが目を伏せて言うと、ヨハンは軽く頷いて答えた。


「家族へ仕送りかい?アシャラはなぁ…確かに自分の手で届けたいところだ。ギルドに依頼を出すにせよ、配達便を使うにせよ、最低でも銀等級の中程度は腕がある奴じゃないと、道中の魔獣に食い殺されかねないからな」


 腕の事がなければ自分が付き添ってもよかったが、とヨハンはぼやいた。あの後、腕は止血、手当としっかり措置した上、鎮痛作用のある術や薬で痛みを誤魔化しているが、このまま放置していいものだとは流石のヨハンも考えていなかった。


「俺は義手を調達しにエル・カーラへ行かなきゃならないからな。

 パーティはここで解散だ。まあお互い冒険者だ、生きていればまた逢う事もあるだろう。じゃあな、ヨルシカ。君は良い同僚だった」


「あっさりしているなぁ。私たちは良い仲間だったと思うんだけれどな。命も預けあった仲じゃないか…ってちょっと馴れ馴れしかったかな、ごめん。でも同僚って、どうにも他人行儀すぎやしないかい?」


 やや不満そうなヨルシカの様子に、ヨハンは苦笑を浮かべる。


「君も知ってるだろう?冒険者と友達になってはいけないって。なぜなら…」


「親しくなってもすぐ死ぬから」


 ヨルシカの答えにヨハンは満足げに頷いた。

 ヨハンもヨルシカも冒険者仲間というものが出来た事はある。

 あるが、そのほとんどがもう故人だ。


 当然その辺のちんぴら紛いを仲間と認める彼等ではない。

 だが死んだ。

 事故で、病気で、あるいは殺されて。


「でも、そうだな。次会う事があれば、その時は…まあ…仲間という事でよろしく頼むよ」


 それはヨハンなりの“また会おう”という意思表示だ。

 ヨルシカもその意味するところを十全に汲み取り、淡い笑みを浮かべる。


「あ、馬車が来たみたいだ。見送りありがとう。君の旅路に幸運がありますように」


 ヨルシカはそういうと、ヨハンに背を向けて去っていった。

 彼女が馬車に乗り込む所を見届けると、ヨハンもまたその場を去っていく。


 ヨハンは翌日の馬車便を利用する予定だった。

 便数としてはアシャラへ向かう馬車よりもエル・カーラへ向かう馬車の方が多いのだが、宿の引き払いでやや手間取ってしまったのだ。


 ■


 翌日、ヨハンは馬車の待合場所へと向かう。

 西域の、特にレグナム西域帝国の領内では馬車のネットワークが発達しており、時間さえあるならば帝国領土内の隅から隅まで馬車だけで移動する事は難しくない。


 ヨハンが乗る予定の馬車はいわゆる高級馬車だ。

 乗車賃はレグナム銀貨20枚を必要とし、通常の馬車の運賃が銀貨1枚である事を考えると大変な価額である。

 しかしその分居住性や警護の面で優れており、馬車は帝国に所属する警邏隊の隊員が警護しつつ並走する。


 彼等は冒険者階級でいうなら銀等級の中程度の業前を持ち、これは分かりやすくいえば、力自慢な街のちんぴら数名に囲まれても、得物が短刀以上であるなら数分で皆殺しに出来る程度には鍛えられている。


 当然魔獣などとの戦闘経験も豊富で、高級馬車に乗り込むような貴人を警護するにはうってつけの人材と言えた。


 といってもヨハンが乗る予定の高級馬車は相席のため、貴人などが居たとしても下級貴族が精々だろうが。

 一言に高級馬車といってもその中でのランクもある。

 ランクがあがれば乗車賃も文字通り桁が一つあがる事も珍しくはなかった。相席馬車は高級馬車のカテゴリ内ではランクが低い方だ。


 ヨハンは馬車が到着すると、恭しい態度の御者に一礼をされ、車内へと案内された。


 外観は美しい彫刻や装飾が施された光沢のある木材で作られており、馬車の車輪は魔術で強化されている。これによって乗り心地が非常に滑らかで、まるで空中を浮かんでいるかのような感覚が味わえる。窓は流石にガラスなどは張っていないが、防風も魔術がかけられており、雨天に窓を開け放しても雨が入り込んでくることもない。


 馬車の中は広々としており、既に一名の先客がいた。

 赤いローブを纏った少女だ。

 柔らかいクッションが敷かれた座席に座って本を読んでいる。


 室内は暑くもなければ寒くもない。

 これは魔術によって温度や湿度が制御されているからである。


 ■


(いい馬車じゃないか。座席もいい)


 ヨハンは生まれが貧しいので、基本的には成金思考である。

 高ければ高い程良いという俗な信念があり、高級馬車をいたく気に入った。


(到着までは長い。少し眠っておくか)


 ヴァラクでの戦いで心身も些か疲労しているという事もあり、座席に座るなり腕を組み、目を瞑る。


 完全に寝の態勢に入ったヨハンだが、そんな彼の意識を甘くも甲高い声がズタズタに引き裂いた。


「あら、貴方その格好は術師かしら? 腕はどうしたの? 実験で失敗でもされて? 師はどちら? わたくしの師は魔導協会所属準1等術師“麗然凍景”…かの!!!有・名な!ミシル・ロア・ウインドブルームですのよ。わたくしは今は4等術師ですけれど、来年には3等まで上がるつもりですわ。でも聞いてちょうだい? わたくしは4等ではあるのですけど、爆炎弾の術式が使えるのです。炎の遠隔攻勢術式はわたくしの得意とする所ですのよ。ところで貴方は何等術師なのかしら。得意属性はなに? あら! わたくしったら、つい名乗るのを忘れてしまいましたわ……わたくしの名前、気になりますわよね? ええ、わたくしの名はアリーヤ…………」


 ヨハンの磨き抜かれた可殺眼は眼前の少女に対して3秒という数字を割り出すが、当然それは実行に移さない。

 ちなみに可殺眼とは“殺せるかどうか”を判断する眼力の事で、西域の冒険者界隈では皆が日常的にそのような目で相手を判断している。


(初対面ならばよろしくとか初めまして、とかそういう文言があるべきだとおもうのだが、文化の違いだろうか?)


 ヨハンは内心首を捻る。

 ちなみに魔導協会は連盟とは別組織である。

 彼の所属する連盟は本部もなければ支部もない、なんだったら組織内での階級などというものも存在しない、魔術組織というより同好会のようなものなのだが、魔導協会はその点大きく異なっている。


 魔導協会はイム大陸の西域と東域の両域にまたがる広大で影響力のある魔術組織である。

 多くの魔術師が集まり、研究し、魔術という難解な芸術に関する知識を交換する中心的な役割を担っている。

 協会本部はレグナム西域帝国の首都、帝都ベルンにあり、帝国の支援により建てられた大アルケイン図書館は、常に新しい発見と魔術研究の飛躍的な進歩で更新され、魔術の階梯を昇ろうとする人々の主要な目的地となっている。


 この組織は五名の一等術師達が属する評議会によって統治されており、組織の活動と方向性を監督している。彼らは魔術の実践が倫理的かつ安全であることを保証するために、厳格な規制とガイドラインを維持する責任を負っている。


 魔導協会は学習と協力の場を提供するだけでなく、各国の政治にも食い込んでいる。邪悪な呪術師、闇の儀式、危険な魔獣などの対処するため、さまざまな王国や政府と協力することも多い。


 ヨハンはそういった魔導協会の在り方を否定しないが、熱心に肯定することもなかった。


 黙ったままのヨハンに、アリーヤの眉間に暗雲が立ち込めた。

 無視されていると思ったのだろう。


 ■


「すまない、ちょっと考え事をしていたんだ。無視していたわけじゃない。そうか、アリーヤだな。よろしく。俺も自己紹介をしよう。少し長くなるが構わないかい?」


 よろしくてよ、とアリーヤが言う。


「よろしく。俺はヨハンだ。連盟の術師。連盟には等級制度はない。かわりに杖名を与えられている。だが、それは身内か親しいものにしか明かしてはならないとされている。悪いが君とは知り合ったばかりだから言えないよ。それと腕だが、これは魔物にくれてやった。中途半端で愚かしい不死の真似事をして遊んでいたからな。根源を破綻させ、術を破ったのさ。そして自分の腕に腐り血の術を仕込んで食わせてやったんだ。腹の中から爛れさせて盛大にぶち殺してやったとも。もっともとどめは俺が刺したわけじゃないけれどな。重い波のラドゥがさした。オルドの偉大な騎士だ。俺は余り人に敬意を払うタイプではないのだが、彼は尊敬に値するとおもっているよ。当然彼が率いる勇敢な戦士たちもだ。まあ殆ど死んでしまったが。1人は頭をぶち抜かれて。もう1人は相殺の呪いを抱え、腐れ野良犬に自分を殺させた。もう1人は糞野良犬の不死性の秘を暴き、見事に自分で喉を搔っ切って自殺したよ。死ぬべきときに死ぬことが出来る……それが優秀な戦士の条件だと思わないかい? ……だが!!」


 ヨハンは息継ぎをして続ける。


「こんな事を言えば死した者達に怒られてしまうかもしれないがね、あのような腐れ愚物に彼等の様な傑物が命を使ってしまうというのはとても残念で悲しいことに思えるんだ。君もそう思うだろう?」


 ──もしそう思わないなら


 アリーヤはヨハンの裏の言葉を読み、内心で震えた。


 ごくり

 何かを飲み込む音が馬車に響く。


「そ、そうですわね……」


 アリーヤはそれだけを言った。

 馬車酔いか?とヨハンがアリーヤを気遣うが、アリーヤとしてはそれどころではない。


(れ、連盟…)


 アリーヤはもう一度ごくりと唾をのみ込んだ。

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