第5話 大根は仕事をしてしまった。
旧王はどこかへと行ってしまい、何か他にすることが思いつくわけではないため、とりあえずは王の仕事とやらをやってみることにした。
とはいえ、辺りはとても静かだ。田舎には、祖父母の家へ行くときくらいしか訪れた記憶がないので、コンクリート社会で育った俺にとっては、刻が止まっているように思える。
日の当たり方からして今は昼だとは思うが、現状、人間は見えず、平和とはこのことを言うのだろうと思えるほどの、のどかさだ。
この時間帯だと人間に見つかる心配もないと思うので、畑の中を歩いてみることにした。
しばらく歩くと、何やら小さい粒々としたものが、大根の葉っぱについているのが見えた。
「なんだこれは……」
顔を近づけてみると、理科の授業で見た覚えがある虫だった。
「これは、アブラムシか?」
俺の思ったことが伝わったのか、アブラムシはビックリしたように思えた。そして、どこかへと行きそうな感じだったので、俺はアブラムシに待ったをかけた。
「おぉーい! いかせねえぞ? こっちは、退屈してんだよ! 勝負だ!!」
そう言うと、どういう原理なのかはわからないが、辺りがオレンジと紫が混ざったような色となり、なぜか自分が違う時空にいるなと思った。そして、そこには“ここで心置きなく踊れ”と言わんばかりのフィールドが設けてあった。
俺は、旧王に言われたことを思い出す。
「頭の中で、EDMを流せばいいんだよな……」
俺は、人間時代にハマっていた、EDMにノッて足の生えた大根がステップを踏んでいた動画の曲を頭に思い浮かべてみる。すると、俺の思い浮かべた曲が辺りに鳴り響いていった。そして、音ゲーのようにバーが現れた。
「この、落ちてきている丸に合わせてステップを踏めばいいのか?」
俺は、上から落ちてきている丸に合わせてステップを踏んでみる。
「シャンッ」
落ちてきた丸に合わせてステップを踏むと、気持ちのいい音が聞こえてきた。
そして俺は、次々と軽快にステップを踏んでいく。
「気持ちいい〜!!」
すごくクセになる感覚だ。これは、ハマってしまう。
俺は、好きな曲ということもあるからか、ミスをすることなくステップを踏んでいき、気がつけば曲が終盤に差し掛かっていた。
「お? なんだ? へばってんのか?」
楽しすぎて忘れていたが、俺はアブラムシと戦っているのだった。そのアブラムシの様子を見ると、千鳥足になりながら、足が絡まりそうになっている。
「よっしゃ! 最後だ!」
最後のステップをキメると、“FULL COMBO”の字が、空中に浮かんでいた。
そして、アブラムシの方を見ると、裏返しになって倒れていた。どうやら、倒すことができたようだ。
「やったぜ!」
戦いが終わって数秒後、辺りがオレンジと紫が混ざったような色から元に戻り、フィールドも、倒れたアブラムシも姿を消していた。
「これが大根王の仕事か。楽しいな! これなら、俺でもやれるぜ!」
俺はもっとEDMに合わせてステップを踏みたいと、体がうずうずしていた。
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