凛津を取り戻せ!編

29.不思議な関係!?

その翌日、俺は夏なのにも関わらず凍えるような寒さに震えながら朝を迎えた。


ゆっくりと目を開けると、視界の隅に冷房の緑色の光を捉えた。


そのまま上半身だけ起こしながら時計を見ると、時刻は10:20


少し寝過ぎた……。


「そういや、昨日タイマーするの忘れてたな……」


俺は、枕の近くにあるリモコンを手繰り寄せて電源をオフにする。


ピーっ


音を立てながら、エアコンの緑色の光が赤色に変わる。


その光の色は、心なしか昨日の花火を連想させた。


「はぁ……」


俺は気だるげな体を奮い立たせて、ベッドから起き上がり、そのままリビングへと向かう。


そして階段を降りて少し歩き、リビングの扉の前まで来た時……


「そうなんですよ……はい」


「こりゃあ優太も負けてられないね〜」


中から聞き覚えのない男の声とおばあちゃんのそんな声が聞こえた。


ガチャ


扉を開けて、周囲を見渡すとリビングの食卓には有里、おばあちゃん、そして……


「ん? こんにちは! 優太君……ですよね!」


そう言いながらニコニコ笑いかけてくる爽やかな男がいた。


年は俺と同じくらいだろうか……。


「えっと……どちら様ですか?」


俺がそう聞くと


「あぁ、やっぱり……覚えてないか」


小さな声で何かを言いながら、その男はチラッと有里の方を見る。


すると、有里はサッと顔を俯けた。


その男は有里のそんな態度を見て、自分だけ椅子から立ち上がり


「じゃあ自己紹介から。僕は横川照、有里香とお付き合い……しているものです」


そう言ってこちらをまっすぐ見た。


「……え」


えっ……今、こいつ凛津と付き合ってるって……。


そう言ったのか?


それじゃあ……昨日言ってたことは本当で……


「……」


頭の中で色々な事がグルグルと回ってうまく言葉が出てこない。


俺がしばらく黙っていると


「あの……優太……君?」


そう言って横川がこちらに近づいて来てから、心配そうにそう言った。


多分、こいつは俺がどこか体調が悪いのではないか……そう気遣って声を掛けてくれたに違いない。


けれど、今はその横川のその気遣いが余計に俺をイライラさせる。


「えっと……」


横川が何か言おうとする直前


「なんだよ。横川とか言ったっけ? 一体家に何しに来たわけ?」


俺の口をついて出てきたのは、何も非のない横川を責める刺々しい言葉だった。


「えっと……それは有里香さんに呼ばれて」


「へー。仲良さそうでいいね。てか、いつまでいるの?」


突然、皮肉を言われた横川はどうすればいいのか分からないというように有里の方をチラチラと見ていた。


俺は一体何をしてるんだろう……。


そう思った次の瞬間……


ガチャン


さっきまで黙り込んでいた有里が突然、机を叩いて立ち上がった。


それから、俺のことをキッと睨みつけて


「……優太、最低だよ」


そう言い残して横川の腕をグイッと掴むと


「行こっ」


そう言いながら


バタンっ


という音と共にリビングから出て行った。


リビングに残されたのは俺とおばあちゃんの2人。


「優太……どうかしたの?」


おばあちゃんが俺の顔を見てそう問いかけてきた……けれど


「何でもない……ごめん」


俺はそう言い残してリビングから逃げるように自分の部屋へ戻った。



「俺……最悪だ」


さっきの自分の行動を振り返って俺は部屋で1人ボソッとそうこぼした。


俺は……あの日、有里ねぇとキスをしたあの日、凛津を裏切ったのだ。


凛津と俺が分かり合えた日の夜、凛津は俺に 


「その、キス……するなら私の体が戻ってから……」


そう言っていた。


だから……だったのだろうか、俺ではなくあいつを選んだのは……。


「横川か……。いい奴そうだったよな……俺なんかよりも全然カッコよくて」


それなのに突然、俺はあんな事を言って……。


「後で横川にも謝らなくちゃ……いけないよな」


子供じゃないんだから……。


きっと、横川なら笑って俺を許した後、その後もずっと凛津の事を大切にしてくれるだろう。


少なくとも……俺のように、凛津にあんな顔をさせるようなことはないだろう。


でも……


「俺はそれでも、凛津のことが……」


我ながら自分勝手な奴だ……改めてそう思う。


分かっている……。


俺がここで諦めれば、凛津も幸せになるって……分かってる。


だけど……いくら自分を納得させようとしても、心がその現実を受け入れようとしない。


「くそっ……どうすればいいんだよ」


ガチャ


俺がそう呟いたのと同時に俺の部屋の扉が開いた。


扉の向こうにいたのは……


「有里ねぇ……」


ドアにもたれかかって、腕を組んでこちらを見ている有里ねぇだった。


それからコチラにツカツカと歩み寄ってきてから


「優太の悩みはよ〜〜く分かったぜ!」


そう言いながら人差し指をピンと張ってこちらに向けた。


「あっ、えっと昨日の事は……」


「ん? 何のことかな〜?」


「えっ? いや……」


「それより!」


「……」


どうやら、有里ねぇは昨日の事についてあまり触れるつもりは無いようだった。


俺が黙っていると


「凛津、彼氏できたんだって?」


有里ねぇはそう切り出した。


「……うん。そう……らしいね」


俺が煮え切らない態度でそう答えると


「いいの? 優太は? そのままで?」


有里ねぇはさらにコチラに近づいてきて、そう言った。


有里ねぇの瞳が俺を真っ直ぐに捉える。


外見こそ今は凛津だが、不思議なことに瞳の奥には力強い光を放っている。


有里ねぇそのものだった。


今まで何度も見つめられてきた瞳。


この目の前では嘘はつけない……本能的にそう思った。


「……よくない」


気づけば俺は本心を吐き出していた。


「でも……もう」


「まだ終わってないよ」


有里ねぇの声がすぐそばで聞こえる。


「えっ?」


「だって……まだ結婚した訳じゃないんだから!」


「そりゃあそうだけど……」


俺がそう言うと有里ねぇはさらに俺の方に近づいてきて


「ここでお願い使うね!」


そう言った。


「お願い?」


「そう。お願い、夏祭りの時の」


それから


「私のお願いは、優太と凛津が仲直りして元に戻ること!」


そう言った。


「えっ……いや、でも……」


それは有里ねぇにとって、あまり良くないことで下手すれば自分が悲しむ事に……


「ダメ?」


そう言って有里ねぇは首を傾げる。


「ダメ……じゃないけど」


「じゃあ決まりで!」


そう言いながら有里ねぇはガッツポーズを決めている。


俺にとっては願ってもないこと……なのだが


「あの……さ、有里ねぇ」


「うん?」


「なんでそんな事してくれるの? だって、有里ねぇは昨日……その、俺に……告白……して来て、もし俺が凛津とうまく行ったら有里ねぇは……」


「そんなの決まってんじゃん! それは……2人が私の弟と妹だからだよ! ってお姉ちゃんとしてはそう言いたいけど……」


有里香はそれから俯いて


「優太が……凛津のことを好きなのは分かった。でも……私もまだ優太のことが好き……なの」


そう言いながら有里ねぇはこちらを見る。


「それなら……」


だから! と有里香は前置きしてから


「2人が仲良くなって、また元の関係に戻ったら……その時に改めて、私の方が優太にふさわしい!って認めさせてあげるの!」


高らかにそう宣言した。


「ははっ」


俺は思わず笑ってしまう。


実に有里ねぇらしい理由。


そう、椿有里香とはこういう人間なのだ。


改めてそう思った。


「ありがとう……有里ねぇ」


俺は有里ねぇに頭を下げる。


すると、


「だっ、だから! これは私の為でもあるんだから! それに! 元はといえば、私が原因だし!」


そう言って顔を真っ赤にしてあわあわさせながらそう言った。


こうして、凛津を取り戻す為の俺と有里ねぇの奇妙な関係が始まった。

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