27.有里香の選択

私、椿有里香は山頂から1人空に打ち上がる花火を眺めていた。


たった今、一発目の花火が打ち上がった所だ。


「はぁ……陽香、余計なこといわないでよ……」


私はまた一つ打ち上げられた花火を見ながらボソッと愚痴をこぼす。


「優太……今ごろ凛津と楽しく花火見てるかな……」


私は、凛津と優太が並んで花火を見ているところを想像する。


それは、とても楽しそうで……


「お似合い……だよね。私なんかより……凛津のほうが。結局外見は変わっても中味は変わらないんだから……これでいいんだよ」


自分で分かっていても、そう言葉にするとどんどん苦しくなっていく。


心臓をギュッと掴まれるような……そんな感覚に陥った。


「うっ……優太……」


始まったばかりの花火大会は私の心境とは裏腹に、より華やかな花を咲かせようと次々に空に打ち上げられていく。


私が溢れそうな涙を拭おうと、顔を上げた時


「有里ねぇ! こんなとこにいたの!?」


今、聞こえるはずのない優太の声がした。


優太は今、凛津と一緒にいるはずだ。


それなのに、私はまだ優太のことを想わずにはいられない。


「有里ねぇ!」


「……」


「って……泣いてる……の?」


ほんもの……の優太


でも……なんで?


「いやっ! そっ、そんな訳ないじゃん!」


私は慌てて涙を拭い、そう言う。


「……なに? 優太」


「有里ねぇと凛津は……入れ替わってるんだよね……」


暗くてお互いの顔が良く見えない中、優太は静かにそう切り出した。


「……うん」


私がそう言うと優太はまた、しばらく口をつぐんでから


「……なにか言いたくない理由でもあったの?」


とても優しい口調でそう言った。


「私ね……大学は、アメリカに行こうと思うの……」


「えっ? アメリカって……」


暗闇の中であまり顔は見えないはずなのに、優太の目が大きく見開くのが分かった。


「そう……だからね。向こうに行ったらしばらく帰ってこない……」


「だからさ……」


私は今までの秘めていた思いをすべてさらけ出すように


「だから……最後に優太と……」


恋人として過ごしたかった


そう言いかった、けれど……口をついて出てきたのは


「思い出……が作りたかったの」


結局、いつものように私はまた自分に嘘をつく。


でも、これでも良いんだ。


「だから……私が凛津だったら……もっと優太と仲良くなれたのかな?……なんて。だから……言わなかった」


優太は私の言葉を静かに聞いていた。


自分でもバカバカしいと思う。


外見が変わった所で中身は変わらないのだから……。


「ねぇ、有里ねぇ。初めて出会ったときの事覚えてる……?」


一つ、また一つと花火が打ち上がる中、優太は静かに私にそう聞いた。


「うん……覚えてる」


覚えている……というか忘れられる訳がない。


「俺は……今でも時々夢に見るよ……だって」


優太は私の……初めて出来た……


「うっ……」


優太と出会ってから、優太のことを想ってきたこの数年間……。


それは私にとってかけがえのない時間で……。


「ごめん……優太、ちょっと待って……」


私がそう言いながら優太に背を向けると同時に


「ごめん……有里ねぇ」


優太の声と共に、私の背中に何かが覆いかぶさった。


「えっ……優……太」


「有里ねぇは俺の初恋……だから」


下で花火を見ている観客達の声が一層大きくなった時、優太は、何も言わずに私を抱きしめた。







「……優太、もう大丈夫……だよ」


私がそう言った頃には、花火大会はすでに終わりを迎えようとしていた。


観客席から聞こえてくる歓声もいよいよ佳境を迎えている。


「分かった……」


そう言って優太が私から離れると


「凛津は……どうしたの?」


私は静かにそう切り出した。


「凛津には……『ちょっと有里ねぇが心配だから』って言ってそのまま飛び出して来ちゃったよ。はぁ……凛津怒るだろうな」


「そりゃあ凛津は今頃カンカンだよ……」


凛津に申し訳ない……そう思う気持ちとは別に、そうしてまでここに来てくれた事が嬉しい……。


そう思ってしまった自分がいた。


「……そろそろ花火大会終わっちゃうよ? 今からでも凛津のとこに行ってあげたら?」


花火の音だけが鳴り響く暗闇の中、私は静かにそう言った。


また一つ、今度は緑色の花火が打ち上がる。


花火に照らされた優太の横顔が今日は、やけに頼もしく見えた。


「……有里ねぇはさ、そうやっていつも1人で抱え込んでさ……いつも、『私はお姉ちゃんだから』って強がるけどさ……」


「……」


「有里ねぇだってお姉ちゃんである以前に1人の人間だろ……。だからさ……もっと頼って欲しい」


優太はこちらに向き直ってそう言った。


「頼る……か」


思えば、私は今までの人生、あの日以外、すべて自分1人で抱えてきたのかもしれない。


でも、そうあの日だけは……。


優太が私を助けてくれたあの日だけは……


「優太……」


あの日私を助けてくれた優太……


年下なのに私よりもずっとずっとしっかりしてて……


それなのにやっぱり男の子なんだなって思ったりもして……


しかも、優太の初恋が私だったと聞かされて……。


今はその彼が、手を伸ばせば抱きしめられる距離にいる。


高鳴る胸の鼓動と呼応する様に、空に打ち上げられる花火はより激しさを増す。


そして……最後の花火が打ち上がる時


「私、優太が……好き」


花火で照らされた優太の頬に口づけをした。


空を見上げれば、ハート型の花火が煌々と輝いていた。




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