墓地

埴輪庭(はにわば)

実はすごいデブハゲ大臣

「感、ありました。北方3000歩。数30、ハイエストオーガです」

まだ幼さが大分残る声が響く。


「ヨーナス!魔法だ!いけるか!?」

年齢の若さに似合わぬ覇気を纏った青年が切迫した様相で叫ぶ。


迫りくるのは魔種の小群だ。しかもよりによってハイエストオーガであった。

ただの一体で小さい村なら半刻を待たずに滅ぼされると恐れられる鬼族。

合金交じりの肌は生半可な攻撃を物ともしない。


「━━ぶふぅ…ふうふう…勇者殿。お任せあれ…まあ、貴殿らでは荷が重いでしょうな」


青年の声に応えるのは、魔法使いヨーナス。

勇者アレルパーティの最大火力である

馬車から聞こえるヨーナスの声は野太く、堂々としていた。

馬車からのっそり出てくるのは、横幅がアレルの倍はあろうかという肥えに肥えた姿…そう、ヨーナスは余りにも太っていた。

そしてハゲている。

ハゲていて、しかもデブなのだ。


だが、腕はいい。


「くっ…。やつらには剣がきかないのだ!」


「ともかくお下がり下さい。わしめにお任せを…それと叫ばないでいただけますかな?女王陛下の集中が途切れてしまいます。索敵魔法は繊細なのでね…」


「では失礼しまして…」

ヨーナスはすっと懐から短杖を取り出し、低く通る声で朗じた。



━━歌え血の乙女

━━我が仇の血をもちてその身を雪げ

━━吹雪け血の華

━━曼珠沙華


ヨーナスの魔法が完成し、戦場を一陣の冷たい風が走る。

しかし魔物の群れは意に介さず突撃してくる。


「ヨーナス!きいていないぞ!!しくじったか!?」

剣聖オーレリアが焦って剣を構える。

アレルは厳しい目を向けていた。

だがヨーナスにではない。

ハイエストオーガの群れにである。


「ゆ、勇者様…」

聖女リリアンは何かに気付き、震える声で勇者を呼んだ。



魔物の群れとの距離はもう至近といってもいいだろう。

だがなにか様子がおかしかった。

魔物たちがあらぬ方向を見ているのだ。

舌をだし、白眼をむいているものまでいる。

段々と突撃の速度が遅くなっていく…


やがてその脚をとめ、一斉に崩折れた。

四肢はバラバラに切り分けられ、首からはビュウビュウと血が吹き出ている。


「ぶふぅ~…ふぅ、綺麗ィィな華が、咲きましたな…グフフフ」


にちゃりと笑うデブでハゲの中年親父こそがマルタ王国宰相にして、宮廷魔術師長ヨーナス・ロナス・フォン・アルデリヒであった。


しかしなぜ彼が魔王討伐の為のパーティで戦っているのだろうか?

魔王討伐の実働部隊など宰相の仕事ではない。それには当然理由があった。




マルタ王国は小国だ。

口さがないものは、マルタ小王国と揶揄するものもいる。

この国を治めるのはまだまだ歳若い、少女と言っても良い一人の娘であった。

小女王アリアンナ。

先王にして父であるギュスタフは流行り病で隠れ、母もまた同様に。

2人の間に子供はアリアンナしかいなかった。


彼女は幼くして王位を継いだのだ。

幼き少女の戴冠に、民は同情的であった。

少女もまた、己の双肩の重みに潰されまいと必死に努力するが、所詮は小娘のニワカ知識では政治は出来ない。

だがそんな彼女の治世でも、王国は回っていたのだ。

宰相にして王国宮廷魔術師長を務めるヨーナス・ロナス・フォン・アルデリヒ魔導侯その人がアリアンナを援けていたのだ。


でっぷり肥えた目に金壷眼、つるりと光る禿頭はなるほど、容色優れ足るとはとてもいえないが、誰も彼を侮ることなどできなかった。

先王ギュスタフの懐刀にして、当時、王位を簒奪せんと目論み暗躍していた2名の大貴族を薄暗い手段をもって処断したのは彼である。

北方の魔軍襲来に際し先頭に立ち、おぞましくも凄まじい腐敗の雨をざあざあと降らせ多くの魔種を鏖殺したのも彼である。

配下たちの惨状に怒り狂い吶喊してきた魔軍の将軍と一昼夜にわたり魔術をぶつけ合い、最終的にかの大魔族の首をあげたのも彼である。

四肢を寸断され顔面を潰された魔将軍の凄惨な死に様は魔軍を酷く恐れさせ、その軍を退かせるにいたった功績は極大であった。


だが行状は悪い。

貴族とはいえぬ汚らしい食事の作法、華盛りの少女達を気まぐれに手折るその悪漢ぶり。賄賂に横領に、やりたい放題。

彼はまさしく悪評塗れであった。

それでも、正等な王位継承を反故にせんとする反逆者を速やかに処断し、王国そのものの危機には命の危険も顧みず戦場へ立ったその有様は、忠臣であるのか奸臣であるのか何とも判断がつけづらい。


戴冠したアリアンナも悩んでいた。

彼の行状をこと細かく調べれば、食事の作法はともかくとして、手折った華には過分なほどの褒美が渡されていた。さらに調べると母君が質の悪い流行病にかかっており、その治療には下手をすると下級貴族の家が傾きかねないものであったのだ。

だが、ヨーナスからの褒美により外国より高名な癒師を招くことができ、彼女の母はいまでは快癒している。


賄賂に横領も、求められたもの自体が汚職に手をそめていた。

ヨーナスはそれを没収した形だったのだ。

その金を辿れば結局は孤児院の設立など、王国のために使われている。

それとアリアンナの為にも。


思えばアリアンナが悩み、哀しみ、沈んでいたときには必ずヨーナスがなにがしかの贈り物をもってきたり、(公金で)パーティを開いたりとなにかと気遣ってくれていた。


結局アリアンナにとってヨーナスという男は困った所も多いが優しいおじちゃんという評価に落ち着く。


そんなゆるふわとした評価は、勇者アレル一行がアリアンナのパーティ加入を求めてマルタを訪問した時に少し変わる事となる。




勇者アレル

剣聖オーレイア

聖女リリアン

そして、賢者…アリアンナ。


彼らはみな違う国の出身だ。


勇者アレルはイーリス王国の第2王子だし、剣聖オーレリアは大キュグス帝国の第6皇女。そして聖女リリアンは王族とはまた違うが、聖カナン市国を治める法皇ウルスラの次女だ。

みなその身にやんごとなき血が流れている。


イーリス王国

大キュグス帝国

聖カナン市国

マルタ王国


聖選国と呼ばれるそれら4国は、魔王復活の際、王族の中から1人ずつ神により選ばれることになっている。

選ばれた王族は魔王討伐に赴かなければならない。神意によりそう定められているのだ。拒否権はない。もし拒絶すれば人類の敵として、ヒトからも魔からも石もて追われる身となるであろう。


だが本人の意思の確認なく、ただ神の御心だからといって戦場へ送るという蛮行には当然問題もある。


賢者アリアンナだ。

彼女はまだ9歳だし、賢者としての才はあれども選ばれた時点では魔法なぞは1つもつかえない。

いかに勇者や剣聖、聖女がいようと、そんな子供が戦場で生き残れるだろうか?当然無残な屍を晒すにきまっている。




「ぶふぁふぁふぁふぁ!ほうほう!勇者殿、貴殿は女王に戦場にでよと仰るか!我等が女王はまだ10にもなっていないというのに。グハハハハ!」


醜く張り出した腹をバンバンと叩き、マルタ王国宰相ヨーナスは呵呵大笑した。女王アリアンナは俯いていた。


「…っはい…!しかし、聖選により」おべんちゃらは結構!」

言い募る勇者アレルに対し、唾を吐き散らしながら怒鳴りつける宰相はなんとも憎らしい表情を浮かべていた。


「聖選が、などと言い訳せずとも宜しい。まあ神に見初められたのですから、才はあるのでしょうなあ。しかし質問ですがね、旅立ちまでは数日でしょう?それまでに火種一つも起こせぬ幼女を叩き、叱り飛ばし、鍛え上げて、それで恐るべき魔軍を打ち倒せるようになるのですかね?それとも15年ほど待っていただけますかな?15年もあれば賢者に相応しい魔術の真髄の階(きざはし)くらいは達しているでしょう」


アレルが苛立ったように反駁した。

確かに今は力がないかもしれない、しかしそんなものは旅のうちに鍛えていけばいいことじゃないか、とアレルは本気で思っていた。

自国の女王を心配する気持ちは分かるが、世界という大きなものにくらべたら命をかけるくらいはして当然…だと本気で思っていた。


剣聖オーレリアや聖女リリアンも似た様な事を考えている。

彼女たちにはヨーナスのことが贅沢の極みを尽くしたようなぶよぶよとした肉の塊、道理の分からぬ愚物に見えて仕方がなかった。


「そんなに待てません!魔王軍は今こうしている瞬間にも人々を…」だまらっしゃい!!ぶふゥ~…貴様らが人々のためなどというお題目があれば無力な幼き娘を死地へと連れだし、邪悪きわまる魔種どもの餌食にしても許されるとでも思っているのならば……我等が女王の尊き血に欠片も敬意を払わないのであれば…」


ヨーナスの金壷眼がぎょろりと見開かれた。


「…!?な、動けない!」

焦ったようにアレルが言い、仲間の方をみてみると、傍らで控えていた剣聖オーレリア、聖女リリアンもまた得体の知れぬ不可思議な力にその身を束縛されていた。


「ぐっふっふっふっふ!勇者殿、貴殿らの表情は先だってこのマルタを襲撃した魔将軍とやらにそっくりですなぁ」


「な、なんで!?これは魔術!?詠唱なんてしていなかったのに…!」

リリアンが言うと、ヨーナスは彼女のことをまるで馬車道の脇に転がる馬糞をみるような目で見た。


「詠唱していなかったのに…ですか、ブフフフフ!いやあ、しておりましたよ、ただ貴殿らが気付かなかっただけなのです。しかし、貴殿は聖女であるというのに少し理解が浅いのではないですかな?詠唱とは魔術の華でございます…時にはこれ見よがしに仰々しく朗じることもあれば…」


「ぐっ…はっ…!」

アレルたちの首が徐々にしまっていく。不可視の力場が彼らの首をゆっくりゆっくり締め上げているのだ。


「…それと悟られぬよう、言葉の端々に仕込んでおく…。このように!グブブブ!魔将軍とやらは見ごたえがありましたなあ!少しずつ引きちぎれていく四肢、ねじれる首!居丈高にわしを見下していたはずが、どんどんその瞳が恐怖に染まるのです」


ガッとその肉厚な手がアレルの髪の毛を掴み、血走った瞳でアレルに顔をよせ、囁いた。


「覚えておけ、小僧。我等が女王を害するものは皆全てわしの敵だ。それが魔族であろうと、勇者であろうと…」


━━殺す


そういいかけたとき、か細い声が響き渡った。


「やめなさい、ヨーナス…。わたくしは行きます。神が魔王を討てと命じたのならば、この身は確かに未だ無力ではありますが、汗を流し、血を流し鍛えてゆきましょう。魔王の軍勢は日に日にその力を増していっております。わたくしに力があるのならば、安穏としているわけにはいきませぬ」


これが本当にただの9歳の少女の言なのだろうか?

賢者の才をもっているとはいえ…

周囲のものたちは女王アリアンナの悲壮な覚悟に涙した。

彼らにはわかっているのだ、魔王討伐にいたるまでに度重なる死闘があるだろう、それら全てを幼い少女が、いまだ魔法1つ使えぬ少女が、生まれてこのかた戦いどころか喧嘩すらしたことのない少女が生きて切り抜けられるはずがないと。


「では、わしも同道いたしましょう。なに、女王陛下の身の回りの世話をするものも必要ですからな。それに陛下につきましてはわしが魔法の手ほどきをいたしましょう。ふん、それに彼らではどうにも力不足のようですからな。女王陛下が十分な力を得るまで、このようなもの共に陛下が護りきれるとは思えませぬ」


ヨーナスがふてぶてしい表情で言い放った。

勇者たちは反対したかったが、さきほどの一件でヨーナスの力のほどをわからされてしまった。

あの時アリアンナが止めてくれなかったらもしかしたら本当に殺されていたかもしれない、そんな迫力だった。

心は折れてはいないが、屈服しかかっていたのは事実であった。



そんなこんなで、前代未聞の子守つき勇者パーティは編成されたのだ。







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