第7話 嘘の花の焔


 思わず、心は尖り、流れ落ちた血がどこか、追いやられたかのように私は身を引いた。


「無理だよ。私にはできない……」


 拒んでもいいものなのか。


 拒んだら、このままじゃいられなくなるような気がする。




「もう癒してくれないんだ」


 誰を癒すの?


 分からない。


 私の心だって、ちっとも癒してはいないのに。


 名前も知らない、他者の冷めきった心をただでさえ、覚束ない私は癒せるのだろうか。




 大丈夫、とりあえず、この人の気を紛らわせることはできる。


 宵待ち草が咲き誇る、青い湿地のように湿った、唇が頑なに拒んでいる。


 ロープを持ったままの、片方の繊細な手はダラン、と宙に任せ、秘密めいた、罪を纏った静寂が魔法の刻を打った。




「……真依ちゃんって母さんに似ている」


「似ているって?」


「母さんを思い出したから。母さんによく似ている」


 この透徹した小声を聞くと、どうしようもないんだ。


 君のお母さんは君に、本当に酷いことをしたんだって。


 恨み骨髄に徹する、怖いほどの儀式を。


 呪われた黒い仕打ちを、厳格な番人のように指令した。




 もしかしたら、その身悶えするような過去の記憶も、想像力が豊かな、君の作り話かもしれない、きっと。


 幽閉された地下室で、自分の孤独に言い聞かすように口止めしたいから。


 君は心を閉ざす蔵の中で、その嘘の花の焔さえも、昇華しよう、と企んでいるんだね。




「真君のお母さんと私は違う」


 このままこの人と強く関わったら、通常が伸し掛かる、世界へは戻れなくなるかもしれない、と私の心の中に猜疑心が襲い掛かった。




 この人の心は掴めるような、星空の中に潜む闇の奥のように深く、暗がりから満天の星をただ、黙って見守るしかできない。


 彼岸花が純白のレースのような、薄靄の中で時の鐘を鳴らしている。


 ひょっとしたら、舞人が軽やかに振る、神楽鈴の玲瓏たる音も聞こえてくるかもしれない。




「もう、話さないで。私ね、叔母さんのことあまり知らないの。知りたくないんだから……」


 赫赫とした夕闇が彼岸花に籠る。


 ああ、もう九月なんだ、と涼風を纏いながら、否応なしに心の窓辺から実感させられる。


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