二 代役
「この度新設された『検非違使』っていう、都の治安維持をお役目とする部隊なんだ」
親兄用の装束をお直ししている間に、三守さまがイチから説明してくれた。
「任官前のご子息の中から、心・技・体の揃った者を抜擢してその任にあてるんだ。正式な宮仕えへの慣らしにもなるし、なんといっても、帝の直轄部隊。お声掛りもあるかもしれない。今、どこの家も目の色を変えて、推薦状を集めてるよ」
「出世競争の第一歩、ってわけね」
私の言葉に、三守さまがうなずく。
「うん。だから、どの家も一番出来のイイ子を推してくる。激戦だろうね」
「なるほど」
状況は理解できました。でも、同時に疑問もわいてくる。
「…で、そんな重要案件に、なんで親兄を?恋愛脳のニートには、そもそも無理じゃない?」
「何言ってるの、我が妹よ」
当の本人が腕を伸ばして、話をさえぎった。
「お兄様はね、持って生まれた頭脳と、守兄の鬼のような指導のおかげで、漢籍やら経書は得意分野なんだから。必修科目はバッチリよ」
「確かに、同年代で親くんの右に出る者はそういないだろうねぇ」
そうなの。この兄、座学系はずば抜けて出来る子なの。幼い頃から机を並べて勉学に励んできたけど、回転の速さと記憶力は、くやしいけど敵わないんだ。
「守兄の教え方がいいからね。さすが御侍読さま」
「なに言うの、親くんの才だよぉ」
「もう、謙遜しちゃってぇ。可愛いんだからぁ」
「…」
スキあらばじゃれあう彼らに生温かい視線を送ると、親兄は「コホン」とわざとらしく咳払いをした。
「そう。琴子は知らないだろう。数多の恋路で鍛えた、この対人能力の高さを。どなたともすぐに打ち解けて、語り合う仲となる腕前は並じゃないのよ」
「その恋路とやらのせいで、私はたくさんの女性に泣き言を聞かされてますがね」
姫のお顔を見るとあの方が思い出されて…、と何度泣かれたことか。
「そんなにぼくにご執心だなんて、感動しちゃう。どこの姫君?愛おしい人だね、まったく」
「マジで一回刺されたほうがいいよ、にいさまは」
なんで私、こんなお調子者の遊び人と同じ顔なんだろう。やになっちゃう。
「―で、三守さま。この役を得たら、奉職が確固たるものになる、のよね」
「ご明察」
にっこりと笑う無邪気な顔に、私は深くうなずく。
逆玉狙いの遊び人のニート志望の兄を、強制的に働かせるにはもってこい。
ならば、結論はひとつ。
「行くわ、私」
「本当に?琴子ちゃん」
「行ってくれるの?琴子」
「もちろん」
期待の眼差しを全身にあびて、わたしは不敵な笑みを顔いっぱいに広げる。
「絶対に、勝ち取ってみせるから―」
***
たくさんの正装した少年たちで賑わう、左衛門府の庭先。
齢はざっと、15~18、19くらい。背の低い私は一番後ろに並んで、様子をうかがう。
事前情報どおりね。
けっこう、みんな粒ぞろい。年頃の女子がここにいたら、黄色い声が飛び交うのが容易に想像できるわ。
シュッとした背中、鍛えた腕、賢そうな横顔―。それぞれがみなぎる自信を胸に、この場に集っている。
これは、允親といえども、うかうかしてられないわ。
私は腹に力を込め、ふんっと気合を入れる。
「允親」
「ん?」
かなり高い位置から落ちてきた声に顔を上げると、日焼けした顔と目があった。
「久しいな」
…だ、誰??
聞き覚えのない声。内心ちょっと冷や汗を流しながら、その人を上から下まで観察する。
柔らかく波打つ茶色の前髪に、見上げた私を映す、琥珀色の瞳。がっしりした肩と、頭ひとつ分大きい背丈はいかにも武人っぽい雰囲気。
親兄に、武官の知り合いなんていたっけ?いや、いないハズ。
けど、私に注ぐ視線はたしかに温かくて、陽の光が透けたようなその眼差しは静かに心を吸い込んでいく。
誘われるまま奥まで沈んでゆくと、底に触れた瞬間、ぱっと閃光が走った。
そうだ。
私、この目を知ってる―。
しまいこんだ記憶の糸をたどると、幼い日の景色が目の奥で花開いた。
「…紅葉寺の、小天狗さん…」
「やっと思い出したか。変わらないな、琴…、いや、允親は」
目尻を下げて言うのは、そう、彼だ。
「三年ぶり、だよね。見違えたよ。
彼が父君の東国赴任に付き添って、都を出て以来。すっかり大人びた兄の親友に、目を見張る。
「たった三年で、こんなに人って変わるもんなんだね」
私たち兄妹の3歳上だから、18になるはず。
成長期ってすごいわ。
「ある朝起きたら、背が伸びてただけさ」
「雨後の筍みたい」
笑った私を「コラッ」と、軽く小突いた。
「イテ」
「痛くないだろう。大袈裟だなぁ」
そうそう、この感じ。思い出した。
紅葉寺の小天狗。
もう五年くらい前。三守さまに連れられ行った、高雄の紅葉寺の裏庭でばったり会ったのがきっかけ。彼の父君と三守さまが仲良しらしくて、それから自宅を行き来をする仲なんだ。
「いつ戻ったの?」
「先週。あぁ、琴子は大和巡礼でいなかったよな」
留守の間にウチにも来たみたい。知らなかった。
「そんなんだ。あぁ、懐かしいなぁ〜。中身は変わってないんだね」
「まぁな」
伸びのよい声が、心地よく頭上に響く。
「允親も相変わらずだし―。難儀だな、そなたも」
「うん。出来の悪い兄を持つと大変で」
目があって、どちらともなく笑った。
「そなたをよろしくと、藤大輔様から直々に頼まれたよ」
「三守さまが?」
「あぁ。だから今日から十日間、若君のお供はこの私にお任せください」
おどけた顔して、彼は右手を差し出した。
「よろしく頼みます」
両手でやっと包める大きな手を、私はしっかりと握り返した。
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