姫は都を駆け巡る
こしあん
一 頼りない兄上
「なんで兄さまは、大事な時に限ってそうなるのっ!!」
都じゅうにとどろくほどのカミナリを落とした私に、允親兄さまはなんとも涼しいお顔。
「まぁまぁ落ち着いて。琴子はホント、短気なんだからぁ。そんなに怒ってたら、男が寄りつかないよ。ほら、笑って笑って」
なんて、反省の色もない。
「あのね兄さま。私、怒ってるよ?見えてる?わかってる?」
「大丈夫。麗しい妹のお顔、ちゃーんと見えてるよ」
着崩した直衣(貴族の普段着)の袖をひらひらと泳がせ、キラッキラの笑顔でのたまう彼に、私の怒りは爆発寸前。
まったく、もうっ、この人は―!
のっけから怒ってて、ごめんなさい。
でも、どうしても、怒らずにはいられないんです。
だって―。
「大和路の長旅から帰ってきたばかりなのに、親兄がすぐ来いっていうから来てみたら、なに?『足が動かない』ですって?寝ぼけるは朝だけにしてくれる?」
こっちは大ばば様のお供で気を張って、それなりに疲れてるの。
まったく。冗談は休み休みにしてほしいよ。
「ちゃーんとお目め開いてるよぉ。見てみて、この嘘偽りのない澄んだ瞳を」
「うん、今日もしっかりフシアナだね」
「ヒドイなぁ。まったく、この世にたった一人の兄上なんだから、もっと優しさを見せておくれよ」
「優しくすべき点が見当たらないんですけど?」
「ぼくの存在すべてが尊いのに?」
「寝言は寝てから言うものよ?」
「琴子ちゃんてば、今日もキレキレだね☆兄様も安心だ」
「…」
ホント、めげないわ、この人。
この鉄壁のメンタルは、もはや神の領域。自分と同じ血が流れてるなんて、信じられないよ。
そう、顔だけそっくりな私たちは、性格は正反対の双子の兄妹。
生まれてすぐに女官だった母親を亡くした私たちは、宮廷のラスボスと呼ばれる(ウラでね)大ばば様こと高尚侍さまに引き取られた。
幸い何不自由なく育ち、十五歳になった今年、元服(成人)の儀を上げたタイミングで、ふたりでこの六条の屋敷に移り住んだ。
「まったく、世の女性はみんなぼくに優しいのに、なんで妹だけ、こうも厳しいのかなぁ」
ボヤく兄は三度の飯より、女子を口説くことしか頭にない、根っからの遊び人。
なまじ見た目が良いせいで、浮き名を流すこと数知れず、なの。
「親兄を甘やかしたら、つけあがるだけでしょ。まったく、逆玉狙いのニート志望の男なんて、どこがいいのかしら?サッパリわかりません」
人間、大事なのは外見の良さより中身だから。
世の女性は気づいたほうがいいよ。
「ちょっと、琴子サン。ぼく、やるときはやる漢よ?」
「あぁ。口だけの男に、女はダマされるのよねぇ」
「一緒にしないの。ぼく、適応力高いし、本番に強いから」
「その根拠のない自信、どこから湧くの?ほんと、親兄がちゃんと奉職できるのか、心配でならないよ」
彼を心配するのは、私だけじゃない。
我ら兄妹の教育係、三守さまも同じ。
『子守りの三守』と大ばば様に呼ばれる彼は、記憶のない頃から私たちのお世話をしてくれている、兄のような存在。
童顔のせいで年齢不詳の彼も、頼りない兄の為に、色々と手を尽くしてくれてるの。
「せっかく三守さまがアレコレ用意してくれたのに、兄様ときたらさ、前日に仮病だもん。あきれちゃうよ」
「違うって。ぼくだって受けるつもりだったよ。今朝起きるまでは」
そう。兄は明日、都の治安維持部隊『検非違使』の登用試験を受けるのだ。
「なのに本当に動かないんだよ?これでどうやって試験を受けろと?」
「そんな話、信じる人いる?いいから一回立ってみて!『自称やればデキル子』でしょ!」
「ムリだって。あぶないって―。うわぁっ!」
両腕を引っ張って無理矢理立たせようとしてみたけど、親兄の右足は棒のように伸びきったまま宙をすべり、そのままふたりしてドンっと床に尻もちをついた。
「痛ったぁ…」
「だから言ったのにぃ」
「もしや、演技じゃないの?」
「こんな器用なマネ、ぼくにも無理だって」
親兄は動かなくなった右足を、ペシペシと叩いてみせる。
「う~ん…。なんでだろう…」
困ったなぁ。
不測の事態に腕を組んで考え込んだ、その時。
「親くん〜っ、大丈夫っ!?」
「あ、守兄ぃ」
貴族の仕事着、衣冠姿で現れた三守さまが、パタパタという足音とともに部屋に入ってきた。
「重文から急ぎの連絡もらって…。で。ど、どんな状況なの?」
あがった息で問いながら、私の横にふわりと腰を下ろした。
「ごめーん、守兄。見ての通り、動かないのよ、右足が」
「痛みは?」
「ぜーんぜん無いんだよねぇ。動かないだけ」
「医師は?」
「原因不明とのことでした」
乳兄弟でウチの家令をしてる重文が、スッと頭を下げて答えた。
「祈祷は?」
「ご紹介いただいた寺院からお越しいただいたのですが、徒労に終わりまして」
「そうか。困ったねぇ…」
童顔を曇らせた彼に向き直って、念のため聞いてみる。
「ねえ三守さま。身体が動かないと、試験は無理なのよね?」
「うん。騎馬は必須だから、足が動かないとどうしようも…」
「そうよねぇ」
「「はぁ…」」
致命傷だわ。もう、どうしてこうなるの。
並んで肩を落とす私たちを横目に、親兄がのんきな顔して「ぽん」と手を叩いた。
「ねぇ」
「なに」
「琴子が行けばいいんだよ」
「…は?」
面食らう私に、親兄が満面の笑みを見せる。
「だって、同じ顔だし騎馬は得意だし。学問も素行も優等生の琴子ちゃんなら、余裕で受かるでしょ」
「…それってつまり、『替え玉受験』ってこと?」
「うん」
「うん、じゃないよ。何言ってるの!」
「すんごく現実的な代案だよ。ねぇ、守兄」
「そう、だね…」
話を振られた三守さまは腕を組むと、床に視線を落として黙りこくってしまった。
「いやいや、そんなの上手くいかないって」
「大丈夫だって。考査だけならバレないって。せっかくの機会だよ、逃すのもったいないじゃん。琴子だってそう思うでしょ?」
「それはそうだけど…」
確かに顔もそっくりで背丈もまだそんなに差の無い私なら、入れ替わっても気づかれないような気もするし、のちのち都合もいいとは思うけど…。
口ごもりながら隣を見ると、三守さまはシブい顔ながらも首を縦に振った。
「琴子ちゃんなら、及第は間違いないと思う―」
「う…」
そんな素直に肯定されたら、言い返せなくなるじゃない。
「はい。満場一致。では、代役よろしく、琴子サマ」
「え、あ…」
「背に腹は代えられない。大丈夫。琴子ちゃんなら、きっと上手くやれる。状元(首席)だって夢じゃないよ」
「そ、そかな…」
「式部省の僕が言うんだから、安心して。さぁ、急いで支度しなくちゃ。重文」
「お任せ下さい。すぐに」
阿吽の呼吸で進み出た重文に、三守さまがテキパキと指示を出していく。
突然の代役決定に、ウチの中は一気に慌ただしくなる。
「採寸からいたしましょう。琴子さま、こちらに」
「あ、う、うん…」
重文に手を引かれて立ち上がった私に、ふたりの期待の眼差しが大量に注がれる。
「カンペキにお仕立てしますので。しばしお待ちを」
「…」
ハプニングはこっちの都合を無視して、やってくる―。
それをひしひしと感じながら、私は大きなため息をついた。
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