【ゲーム原案小説特別賞】蝿の女王の物語

東雲佑

第1話 蠅に語りかける少女

 都市は燃えている。都市は火と呪詛 じゅそによって燃えている。

 燃え続けている。


 ある日空から届けられた厄災は、すべてを一瞬で地獄に変えた。

 地獄は平等だった。老若男女の区別なく、貧富の差すらも無視して、地獄は人々を等しく死体に変えた。

 歩く死体へと。

 

 そんな、かつて市民であった死者たちが、今しも生者を取り囲んでいる。

 

「やめ……やめろ……来るな!」


 剣士の少年が、相棒の少女を庇いながら剣を振る。迫り来るゾンビたちを追い払おうとして。

 あるいは、来ないでくれと懇願するかのように。


 彼らは駆け出しの冒険者だった。いまや地獄 ダンジョンと化した城塞都市で腕試しをせんと揃って故郷を飛び出した、そんなどこにでもいる二人組。


 最初は順調だったのだ。呪詛と不浄に引き寄せられて棲み着いた妖魔どもを相手取り、二人は連勝を重ねた。

 下級とはいえ妖魔の肉体は錬金術師に高く売れる。二人は今後の活躍に必要な糧と自信をこの地獄から獲得し続けた。


 戦いの音がゾンビを呼んでいたことには気付かず、また、気付いた時にはすべてが遅かった。


 命のある魔物と違い、死者たちは怯まなかった。腕を切りつけても構わず襲って来たし、足を落とせば這って寄った。首を跳ねても頭を失った身体は止まらなかった。

 相性は最悪で、それに数が多すぎた。一体倒す間に二体現れ、それは時を追うごとに三体に、四体に増えた。

 反対に、少年と少女の体力は消耗し続け、剣は切れ味を落とし続けた。


「……神様……どうか、どうか……」


 背中に守った少女が祈りを捧げる。

 その言葉に少年は絶望した。


「……どうか、安らかに死なせて……ゾンビにしないで……」


 生存ではなく、少女は死後の安寧を神に祈っていたのだ。

 少年の心は、その瞬間に折れた。

 そうして彼が剣を投げ出そうとした、その時。


 ――ブァン。


 少年と少女の耳朶を、それまではなかった音が撃った。

 羽音だった。虫の大群の、その羽音。


 ――ブァァァァァアン!

 

 真っ黒な嵐が場を包み込んだのは、その直後のことだった。

 凄まじい音響。目も開けられぬほどに殺到する無数の虫たち。

 蠅の大群だった。

 蠅たちは少年と少女を無視した。生きている者は無視して、黒い嵐は死者へと群がる。

 群がり、たかり、腐った肉を食い尽くす。


 羽音が静まりかえった時、動く死体は一体も残っていなかった。

 死者たちは生前の衣服と骨だけを残してその場から消えていた。


 後に残されたのは、少年と少女と……もう一人。


 未熟な冒険者たちと同年代の、あるいはそれよりもなお年下と見える女の子。

 指先に止まらせた蠅に、愛おしげに囁く少女。

 

「あ、あの……」


 少年が、薄汚れた少女に呼びかける。


 呼びかけられた少女はただ一度だけ少年を見遣り。

 それから、返事もせずに歩き出した。

 一瞥しただけで興味をなくして。お前たちに用はないとばかりに。


 生きているお前たちに用はない、と。


 去りゆく後ろ姿は、死者にしか群がらぬ蠅たちを連想させた。

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