第7話 碁会所でのひととき

「いやー、さすが国家予算。本一冊買うのも気軽でいいねぇ」


と、言うわけで私と二条くんはゲームの教本を買って「戦場」にやってきました。

ちなみに二条くんはすでに教本に「理解眼」使ってこのゲームの基礎的なところは履修済みです。


「あの、ここが戦場ですか? なんだかとても和やかな雰囲気なんですけど」

「言ったでしょ。ゲームで実際の命のやりとりはしてないって。

 それに、和やかだからこそできることもあるんだよ」

「はぁ……」


私達がやってきたのは知り合いのおじいちゃんがいる碁会所だ。

そりゃあ和やかな雰囲気になるさ。平均年齢高いもの。


「じゃあ、二人入場ってことで2000円払ってくれ」

「はーい。あ、彦爺空いてる? ちょっと見てもらいたい人がいてさ」

「あぁ。今対局中だから少し待っててね」

「なるほどそれはむしろ好都合。見学しても良い?」

「邪魔にならないようにしてよ?」


二条くんに目線を向けると、こくりと頷く。

緊張しているのもあるけど、結構な真剣さが伝わってくる態度に、思わずにんまり。


「さて、これからあの角で囲碁の勝負を見学します。

 準備はいい?」

「はい」


私と二条くんは「彦爺」のいる席近くの座席に座る。

さすがにこの距離だと緊張感が伝わってくる。

やけに静かな空間にパチリ、パチリと石が置かれていく。

そんな様子を見ている二条くんは……


「……」


「理解眼」フル稼働中らしく、節目節目で目を見開いては目をこすっている。

うむ。まずは計算通りってところだ。


そもそもモンスター退治や小競り合いでは緻密な勝負は成立しにくいはず。

ろくなゲーム経験が無いとなると、人対人の勝負事はあまりしていなかったはずだ。

しかし「理解眼」が実際に何をどう見ているのかは分からないけど、

二条くんの表情を見る限り、やっぱり能力の限界はあるようだね。


「「ありがとうございました」」


と、対局終了か。それじゃあこっちもご挨拶しますか。


「久しぶり、彦爺~」

「お、雅の嬢ちゃんか。ここに来るのは何年ぶりだい?」

「忘れちゃった」

「寂しいこと言うなっての……んで、そこの青髪の派手な服の坊っちゃんは?」


派手な服……そういえば彼らの服を調達してなかったか。

そして彦爺はそこは対して気にせず鋭い目で二条を見ている。

まぁ、自分の対局をあそこまで熱心に見ていた二条くんに気づかない人でもないか。


「二条桜士です。よろしくお願いします」

「……ふむ。二条くんは囲碁を知ったのは最近かい?」

「は、はい。わかりますか?」

「そりゃあそんな初心者用の本を小脇に抱えてりゃ誰でも気づくさ。

 儂は彦根十蔵/ひこねじゅうぞう ってんだ。彦爺とでも呼んでくれや」


さて、高レベルな碁打ちである彦爺、実はあまり初心者に教えるのに慣れていない。

それでも私が彦爺を相手に選んだのは、いくつか理由があるが……


「二条くんには勝負の節目を見る才能があるのかい?」

「えっ!?」

「目を見ればわかる。ずっと盤面を見ていたようだけど、節目節目で目をこすってただろ」


彦爺は勝負を通して相手の実力と人間性を瞬時に読み取ってしまうレベルの玄人だ。

「理解眼」で急成長が見込まれる二条くんとやりあえる実力者としてはうってつけかつ、

それに偏見を持たず対局をしてくれる、と信じられる人材だ。


「二条くんは対人戦は初心者だけど、詰碁とかは結構強いと思うんだよね。

 彦爺にとっても育てがいがある逸材だと思うんだけど」

「だな。んで、雅ちゃんは彼に何をさせたいんだ?」


うーん、やっぱりエスパーじみた直感力。年の功って恐ろしい。


「対人戦ってものに慣れてもらいたいなと思ってる。

 最終的には戦わずして勝つくらいの実力になって欲しいかな」

「戦わずして勝つ、ですか?」

「なるほどなぁ」


さて、二条くんにはここでフォローを挟んでおかないといよいよ混乱してきそうだね。


「詳しくは後で話すけど、実際に戦う前に相手に「参りました」って言わせるスキルのこと。

 実際に血を流して戦うのを未然に防ぐのって、すごいと思わない?」

「そんなことが……」

「できるのさ。どれ、一つやってみるかい」


あ、彦爺のバトルジャンキーな部分に火がついた。

しかも彦爺、もしかしてハンディキャップなしでやろうとしてない!?


「君の腕前を見せてもらおうか」


そして十分後。


「ま、参りました……」

「ありがとうございました」


いやー、実に大人げない対局でしたね。終始彦爺が振り回してた感しかない。

彦爺が満面の笑みで笑っていることは珍しいのか、個人的には周りからの視線が痛い。


「さて二条くん、ご感想は?」

「確かに人との勝負って難しいですね……

 「理解眼」の風景もコロコロ変わっていったから対応しきれなかったです」


これでさらに「理解眼」への理解が深まった気がするので、それについては後で教えてあげよう。


「今日はつかれただろ。また今度来な」

「は、はい……」

「個人的には今のレベルのうちに彦爺とやりあってスタミナつけるってのもありだと思うけど」

「鬼か雅ちゃん。集中力がほぼ尽きてる状態でやりあっても本人のためにならねぇだろ」


二条くんの場合は休むにもやるにもどっちにもメリットが有る。

難しいところだけど……


「今日のところは引き上げますか。この後フォローしたいこともあるし」

「おう、気をつけてな」


こうして二条くんの碁会所初体験はヘトヘトになって終わったのでした。

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