出会ったのに何もなかったんですか、君達?

 最近の剣は光りません。

 光ったら目立っちゃうでしょ。洞窟でゴブリンを相手にした時どうするの? 恰好の的ですよ。

 ―――なんてことよりも。


「ソ、ソフィアたん……その光る剣、どこで見たの?」


 正式には聖剣ではあるが、今何を言ったところで「どうして知ってるんですか?」と聞かれるだけだ。

 転生したなんて信じてもらえないだろうし、新手のストーカーと思われたら傷つくのでここは黙っておく。


「そうですね、お買い物帰りに林檎を落としてしまったのですが、優しいことに光る剣を持っている人が拾ってもらったんです!」

「その人はとてもイケメンでしたか?」

「確かに、かっこよかったと思いますっ!」

「俺と同じぐらい?」

「ふぇっ?」


 ふぇっ?


「もしかして、お知り合いさんですか?」

「認知されたことは一度もありません」


 認知されてたまるか。

 俺は陰ながら主人公とソフィアたんを見守ってハッピーエンドまで導くのだ……ソフィアたんを。

 あんなモテ男は知らん。ソフィアたんを幸せにしたあと野垂れ死ね。


(いや、今はそっちが問題じゃない……)


 問題はソフィアたんが主人公と出会ってしまったところだ。

 俺はソフィアたんルートを何度も周回しているが、推しが買い物帰りに主人公と出会うシーンなどなかった。

 百歩譲って、モブとの出会いは省略されてもいいだろう。

 しかし、主人公との出会いを描写しないというのはあるのだろうか? それも、林檎を拾ってあげるという直接的な接点があったにも関わらず。


(それに対して、ソフィアたんはどう思っているのだろうか?)


 仮にも主人公を出会ったのだ、何か運命的な何かを感じたに違いない。


「ソフィアたんは、その人に会って何か思った?」

「優しい人だな、と」

「そ、それ以外は? 例えば、運命を感じたとか……」

「運命的な出会いは、イズミさんでもう叶ってしまったので……えへへっ」


 ……嬉しいこと言ってくれるじゃんよ。

 お兄ちゃんが前世二十代前半でなければ、頑張ってアプローチしていたかもね。

 今はLoveよりもLikeよりのLoveだ。


「ししょー、さっきからその人のこと話してますけど……何かあるんですか?」


 手を洗ってきたイリヤがまたしてもひょっこりと顔を出してきた。


「べ、ベべべべべべべべべ別に何もないが!?」

「どうしてあるような反応しか見せないんですか」


 だからないって言うてるちゅうのに。

 まったく、否定しているのに疑ってくるとは……恥を知れ、恥を。


「もしかして、ししょー……」


 俺の反応を見たイリヤが、何か察したような様子を見せた。

 その姿を見て、俺は思わずドキッとしてしまう。


(ま、まさか俺が転生者だとバレてしまったのか?)


 だから出会ってすらいない男の存在を知っているのだろう。

 今思えば、魔術なんていうこの世界にはない方法も編み出していたし。

 この反応は、きっとそう思っているに違いない。何年も一緒にいるから分かる、イリヤのこの反応はそれしかあり得ない。


(……そこまで勘付かれてしまっては仕方ない)


 いずれ言わなければいけないと思っていたことだ。それが、このタイミングなんだろう。

 俺も覚悟を決めて―――


「その人が自分よりイケメンだから妬んでいるんですね」


 オレ、モウイッショウ、オマエニハ、ハナサナイ。


「違いますよ、イリヤさん。きっとイズミさんは光る剣に興味があるんです!」


 胸を張って自信満々に言っているところ申し訳ないんだが、これっぽっちも興味がない。っていうか、剣は振れない。でも可愛い。


(だが、出会って何もないのはよく分からんな……)


 一応、ソフィアたんと主人公のストーリーは『孤児院が襲われて、駆けつけた主人公がソフィアたんと出会う』から始まって、そこで『ソフィアたんが聖女としての力が覚醒』、そのあと主人公に促されて『一緒に学園に通う』という流れのはず。

 聖女の力は聖剣に触れると覚醒するし、これは主人公と接点を作らないとどうにもならない。

 あとは―――


「ソフィアたんってさ、学園に興味ある?」

「ふぇっ? が、学園ですか……?」

「そうそう」

「きょ、興味がないと言えば嘘になります……やはり、一度は通ってみたいと思うのが本音です」


 なるほど……これは是が非でも叶えたい。

 初めて推しの願望を聞いた気がするし、ソフィアたんをストーリー通りハッピーエンドにさせるためにも学園に通うは必須条件だ。


(まぁ、ストーリーに影響は与えていないし、放っておけば主人公と出会って学園に行くだろうがな)


 ただ、万が一ということもあるのでソフィアたんの学費ぐらいは稼いでおいた方がいいだろう。

 あそこは貴族御用達の学園だから入学費も教材費も馬鹿にならないぐらい高いからな。

 報酬の高い依頼を受ければなんとかなるだろう。しばらく寄付スパチャの額は減ってしまうけども。


(とはいえ、取り越し苦労になるがな)


 だって、ストーリーを変えるようなことしてないし。

 いつか主人公がもう一回ソフィアたんに出会ってくれるだろう。


 ♦♦♦


「えっ? 盗賊団、倒されたんですか?」


 冒険者ギルドにて、一人の容姿が整った青年が驚いたような顔を見せた。

 その様子を見て、受付嬢の一人は少し驚いてしまう。


「はい、先日S級とA級の冒険者さんが討伐してくれました」

「そう、ですか……」


 青年は少し落ち込んだ様子を見せたものの、すぐに受付嬢に笑みを向けた。

 顔立ちが整っているからか、受付嬢は思わず見蕩れてしまう。


「安心しました、危険があるなら討伐しようと思っていたんですけど、それなら大丈夫です」

「ふふっ、お優しいですね」

「いえいえ」


 そう言って、青年は受付嬢から踵を返した。

 腰に、淡く光る剣を携えて。


「困っている人もS級冒険者のおかげでいなさそうだし、予定通り学園へ向かおうかな」


 ───こうして、人知れず一人の青年が、王都に向けてこの街を旅立つのであった。

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