ししょーと私

 私とししょーが出会ったのは、私が冒険者になるべく辺境の村から出てきてすぐのことでした。


「ん? お前もこの依頼を受けたいのか?」


 冒険者になりたての私が受けようとした依頼を、ちょうどししょーも受けようとしていたのです。

 掲示板から紙を取ろうとした時、運悪く……いえ、運よくししょーも手を伸ばしてきました。


「わ、私が先に選ぼうとしましたっ!」

「いや、別に余ってたから受けようと思ってただけだし、譲ってもいいんだが……いいのか? 結構難易度が駆け出しには高いが……」


 私が取ろうとしたのは、なりたてのE級にしては難易度が高いC級の依頼。

 ゴブリンの集落が近くの村にできたらしく、それの一掃です。

 難易度的には高いかもしれませんが……報酬もその分高い。村から出てきたばっかりの私にとっては、とても目を惹くものでした。


「ゴ、ゴブリンですし……」

「そう言ってると、死ぬぞ? ゲームの世界であろうが痛いもんは痛いからな! だからきっと死ぬ!」


 死ぬ時は死ぬのに、わけ分からないことを言っていたのがししょーです。

 今でも、その時何を言っていたか分かりませんですが。


「よしっ、一緒の受けるか」

「ちょ、ちょっと!」

「心配すんなって、報酬は全部やるから。今日泊まる宿代はないが、また戻って稼げばいいだけだしなー……というより、今日の寄付スパチャ分を稼がないと」


 そう言って、ししょーは私の言うことを無視して勝手に依頼を合同で受けてきたんです。

 初対面だった私はその時「ふざけんな、なんだこいつ」って思っちゃいました。

 でも、ですよ───


「だぁー! やっぱりついてきて正解だった! 薮をつついたら蛇? 残念でしたー、出てきたのはゴブリンですぅー! 昔の偉人も呑気に集団リンチ受けてるぞ、これ!?」

「ご、ごめんなさいっ! 私が先に行ったばかりに……」

「謝る前に走れ! 俺が足止めしておくから、さっきの場所で合流だ!」


 ししょーは、私を助けてくれました。

 多分、あの時一人で依頼を受けていたら……想像するほど恐ろしい目に遭っていたに違いありません。

 きっと、今の私は死んでいなくなっていたでしょう。


 ───それからです。

 ししょーは、ことあるごとに色々と教えてくれるようになりました。


「イリヤって魔法士なんだよな? だったら、もっと実力を上げられるいい方法がある

 ぞ」

「そんな方法があるんですか?」

「あぁ、誰にも言うなよ? いいか、魔法士って既存の魔法を詠唱して発動させるだろ? けど、予め魔法式を覚えて体の一部に刻むんだ。するとあら不思議! 詠唱なしでも魔法は発動できちゃいます! しかも、魔法式を弄ればこの世になりオリジナルで強力な魔法も生み出すことが可能!」

「へぇー……そういう方法もあるんですね。ししょー、博識です」

「……フッ、俺を舐めるなよ。推しのルートを食入いるように周回して研究していたからな。推しへの愛故の成果だ」


 何を言っているか分からない時もあったんですけど、ししょーはそれ以上に優しくしてくれました。

 ……まぁ、稼いだお金を孤児院に全部寄付しちゃうあほんだらではありましたが。

 とはいえ、ししょーのおかげであっという間に冒険者としての実力も上がり、今ではA級の冒険者です。

 A級ともなれば各種方面で引く手数多。お金に困ることなんてありません。


 そんなある日、私はししょーに聞いてみました。


「ししょー」

「ん? 今日は何を受けるか決まったか?」

「どうして、ししょーは今まで私に優しくしてくれたんですか?」


 手間も面倒もかかっています。

 教えてもらったお礼として渡そうとしたお金も受け取ってくれませんでしたし、ししょーにメリットなんてどこにもないはずです。

 初めは「狙われてるのかな?」と思ったこともありました。自分で言うのもなんですが、それなりに容姿も整っていると思っているから。

 でも、ししょーにそんな様子はありません。

 そして───


「……なんかさ、イリヤって俺の妹に似てるんだよ」

「妹さん……?」

「そうそう、なんだかんだ言ってすっげぇ愛してる妹だよ。だからからかなぁ……イリヤにあれやこれや教えたがっちゃうのは。多分、未練なんだと思うぜ、このお節介は」


 その時のししょーは、どこか寂しそうなものでした。

 でも、すぐに笑って私の頭を撫でてくれます。

 それが嬉しくて……ちょっと、妹さんに感謝しました。


 今の自分があるのはししょーのおかげ。

 万年金欠で、周囲から心配されて恥ずかしい思いをすることはありますが……なんだかんだ優しくて、面倒見もよくて、一緒にいて楽しくて。

 あの時から、ずっと。どんな依頼があっても、お誘いがあっても、ししょーがいる場所からは離れません。離れたくありません。孤児院で暮らすもの、そういう理由です。


 だって───



 ♦♦♦



「うぉい!? どうしてここにイリヤがいる!?」


 夜遅く。ベッドに寝転がっていたししょーが驚く顔を見せます。

 こういう顔を見ると、面白くてついからかってしまいたくなります。


「どうしてって……夜這いですっ♪」

「はぁ!?」


 ───ししょーは、どうやら私のことを妹のように思ってくれているみたいです。

 嬉しいですけど、私としては少しだけ不満だったりします。

 ……ししょーがソフィアさんにしか目がないのは分かっています。

 ですが───


「既成事実作ったら、私を見る目も変わってくれますか?」

「意味不! 脈絡がなさすぎる意味不! いいから、子供達が起きちゃう前にどきなさい。おふざけをする時間じゃねぇよ、R18になっちゃうんだからさぁ!!!」


 まぁ、いいです。

 初手から押せ押せでいってもししょーは鈍感さんですから、戸惑っちゃうだけですから。

 今は可愛い弟子のまま、ししょーの面倒を見ることにします。


 でも、いつか……


「私、初めてのお布団って中々寝付けないんですよねぇー」

「むっ? なんだよ、その可愛らしい一面は? もしかして……寝付けないから一緒に寝たいとかそういう話?」

「ですですっ」

「はぁ……ついに俺の鋼の精神が試される時が来たのか」


 ししょーに女の子として見られるようになります。


 そんなことを思いながら、私は布団を捲って受け入れてくれたししょーの横に寝転がりました。

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